喫煙依存、低リスクで脱却へ 害を低減する「ハームリダクション」を考える(上)

誰もが100歳まで生きることが当たり前になる時代に備え、産経新聞社が取り組んでいる「100歳時代プロジェクト」。健康長寿の妨げとして挙げられるのが、依存を伴う過度な飲酒や喫煙習慣だ。こうした依存からの脱却が難しい場合に、少しでもリスクの少ない方法でダメージを減らす「ハームリダクション(害の低減)」という考え方が、世界的に広がりを見せている。中でもたばこのハームリダクションは、加熱式や電子たばこの登場で注目を浴びる。国内では紙巻きから加熱式たばこへの移行例が増えているが、加熱式たばこは、たばこのハームリダクションになり得るのか。3回にわたって考える。

■30~60代男性で高い喫煙率

禁煙に勝る健康増進策はないが、加熱式などの新型たばこは、どうしても禁煙できない人の「ハームリダクション」となり得るのか。このテーマを考える前に、まずは日本と世界のたばこをめぐる現状を見てみよう。

日本たばこ産業(JT)などの資料によると、日本の喫煙者は年々、減少している。ただ、厚生労働省の令和元年国民健康・栄養調査で性別、年齢別の喫煙率を見てみると、30代~60代の男性ではいずれも喫煙率はいまだ3割を上回っている。一方、女性の喫煙率はいずれの年代でも男性より低く、もっとも高いのは50代(12・9%)だ。

次に日本の喫煙率17・9%(2018年)を同年の海外と比べてみると、フランスやロシア、ドイツ、米国、イタリアより低いが、英国やカナダとほぼ同水準ということが分かる。女性の喫煙率は低いが、男性の喫煙率は諸外国と比べて低いとはいえず、さらなる禁煙を進める必要がある。

次に、財務省と日本たばこ協会の資料を基に、国内で販売されたたばこの本数の推移を見てみると、紙巻きたばこの販売量は減少が続いている。平成14年度までは3000億本、22年度までは2000億本を超えていたが、令和2年度にはついに1000億本を下回った。

■加熱式増加も喫煙者全体は減少

一方で、年々増加しているのは、加熱式たばこの販売量だ。加熱式たばことは、タバコの葉を電気で加熱し、その蒸気を吸うもの。紙巻きたばこと同様に蒸気にはニコチンが含まれている。

国内ではフィリップモリスジャパン(PMJ)が平成26年から一部地域で、28年から全国で加熱式たばこ「アイコス」を販売。JTの「プルーム」シリーズなど他メーカーも加熱式を発売し、市場を広げつつある。

29年度~令和元年度は財務省、2年度以降は日本たばこ協会の集計のため継続した数値ではないが、どちらの統計でも加熱式たばこの販売量は前年度より増加している=同㊦。喫煙率そのものは減っていることからも、加熱式たばこの登場で新たな喫煙者が増えているというより、紙巻きから加熱式に切り替えた喫煙者が一定数いると考えられる。

PMJは、日本で加熱式たばこが発売され普及し始めた平成28年度以降、日本の紙巻きたばこの消費量が5年間で44%減ったことについて、「たばこ増税や広告規制などこれまでさまざまなたばこ規制が行われてきたが、ここまでのスピードで消費量が下がったことはない」と評価する。その上で、「紙巻きたばこが減っても加熱式たばこがそれ以上に増えては意味がない。たばこ製品全体の消費量は下がり続けており、喫煙者全体は増えていない」と結論づけている。

■英国では禁煙補助に

こうした紙巻きたばこから加熱式たばこへの「切り替え」はたばこの「ハームリダクション」といえるのか。ハームリダクションの問題に詳しい大阪大大学院医学系研究科社会医学講座環境医学教室招聘(しょうへい)教員の大島明氏は、紙巻きたばこの代替品がハームリダクションに使われた成功例として、スウェーデンを挙げる。

スウェーデンでは加工したタバコ葉の入った小袋を上唇の裏に挟んでニコチンを摂取する「スヌース」と呼ばれる伝統的な嗅ぎたばこ(無煙たばこ)が普及している。同国は欧州でもっとも紙巻きたばこの喫煙率が低く、たばこに起因する疾患による死亡も少ない。スヌースがたばこのハームリダクションとして一定の効果を上げているといえる。

それでは、タバコ葉を使わずニコチンを含む液体を電気で加熱して蒸気を吸引する「電子たばこ」はどうか。日本ではニコチンを含む電子たばこは医薬品とされ、認可されたものはないが、海外では加熱式たばこより普及している国も多い。

中でも、ハームリダクションとして新型たばこを許可する政策をとっているのが英国だ。英国の医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は電子たばこについて、「紙巻きたばこより、95%害が少ない」として、禁煙補助ツールとして使うことを認めている。

電子たばこや加熱式たばこなどの新型たばこは当初、販売が禁止された国も多かった。ところが、米国の食品医薬品局(FDA)は2019年に初めて加熱式たばこの一部銘柄、21年に電子たばこの一部銘柄の販売を許可。紙巻きたばこよりも有害成分の体内への吸収が少ないことが理由として挙げられた。ノルウェーなど他国も、一時は禁止した新型たばこの販売を許可するなど、新型たばこは徐々に普及している。

■たばこ会社の回し者?

ただ、新型たばこがハームリダクションとして有効というには、いくつかの条件が必要となる。まず第一に、紙巻きより新型たばこの方が「害を低減させる」ことを科学的に証明すること。そして、新型たばこが喫煙の入り口として、喫煙者を増やすきっかけにならないことだ。

大島氏は「米国や英国では、子供が新型たばこを好奇心で吸い、そのまま紙巻きたばこに移行することが懸念されてきたが、現状ではそうした動きは起きていない。日本でも同様だ」と語る。

一方で、大島氏は「たばこのハームリダクション」を進めることの難しさについて、「代替品となる加熱式たばこを、たばこ会社が作っていることが大きい」と指摘する。たばこハームリダクションを進めることは加熱式たばこの販売促進につながりかねず、「たばこ会社の回し者」というイメージで見られる恐れもあり、打ち出し方が難しい。

加熱式たばこなどによるハームリダクションを進めることには賛成の立場の大島氏だが、同時に禁煙支援の施策をもっと充実すべきだとも考える。

「禁煙治療の保険適用は認められたが、治療を始めるには医療機関に通わないといけないなど、日本は禁煙支援が非常に弱い。海外には、たばこのパッケージに無料の電話相談(クイットライン)の電話番号が書いてある国もある。もっと気軽に禁煙を始められるような環境整備が大切だ」

禁煙治療、禁煙支援を進めるには、たばこ税・価格の大幅引き上げなどの禁煙への動機づけに加えて、禁煙を支える環境づくりも同時に進めなければならない。

【用語解説】ハームリダクション

薬物やアルコールなどの物質がもたらすハーム(害)をリダクション(低減)させる取り組み。主に依存症治療の現場で用いられ、健康被害をもたらす行動習慣がすぐに改められない場合に、なるべく害の少ない方法や政策をとることでリスクを低減させる。薬物乱用者のエイズウイルス(HIV)や肝炎ウイルスの感染を防ぐため、注射針や注射器を無料で配り、使いまわしをやめさせる施策などが例として知られる。

本気で「煙のない社会」目指す

フィリップモリスインターナショナルの飯田朋子ディレクター
フィリップモリスインターナショナルの飯田朋子ディレクター

加熱式たばこによるハームリダクションを提案するフィリップモリスインターナショナル(PMI)の飯田朋子ディレクター(科学渉外アジア担当)に聞いた。

――加熱式たばこはハームリダクションに有効か

「燃焼させないという特性、受動喫煙など周りへの配慮という意味からも、煙のない社会の実現に資する商品だ。日本では加熱式たばこへの切り替えが急速に進んでおり、切り替えた人の体内の有害成分の暴露状況は、喫煙をやめた人と同じ経過をたどっている。長期的な健康への影響についても、さらに科学的根拠を積み上げていきたい」

――たばこ会社でありながら、「煙のない社会」を目指すのか

「私たちは、紙巻きたばこを売らない会社になろうと本気で考えている。吸いこむ際の吸入技術、物質の毒性を評価するシステム、タバコ葉という農作物と向き合う中で発展したプラントテクノロジーの3つの技術を持ち、研究ノウハウを積み重ねてきた。これらの技術に、消費者のニーズに合う開発をするという4つの要素で、2025年までに、世界で紙巻きたばこをやめて煙の出ないPMI製品に切り替えたユーザーを4000万人以上とすることを目指している」

――加熱式たばこへの切り替えはどうやって進めていけばよいか

「私は非喫煙者で、マサチューセッツ工科大で生物医学工学を学んだ経験からも、喫煙の害をよく理解している。ところが私の父はヘビースモーカー。いくら禁煙を勧めてもきかなかったが、加熱式たばこに切り替えることができた。禁煙するに越したことはないが、たばこを楽しむ喫煙者に科学的な話をして説得するだけではなく、紙巻きたばこに近い煙がない製品への切り替えを勧める方が成功できると知った。科学的なデータを積み重ね、より害の少ない商品開発を進めると同時に、今後も喫煙を続ける紙巻きたばこの喫煙者に、加熱式たばこという選択肢を示し、まずは紙巻きたばこをやめることを目指してもらいたい」

――「売るために都合の良い研究をしている」との指摘もあるが、どう考えるか

「より透明性を持ってサイエンスの話をすることが大事だと考えている。都合の悪い結果も含めすべて開示し、研究結果も学会などで発表しているし、今後も厳しい声をいただきたい。第三者による研究成果も幅広く共有したいと考えている」

「社会文化的にアプローチ」「疾患減るエビデンス構築」 専門家でも賛否

喫煙に「ハームリダクション」の考え方を取り入れるべきか、取り入れるならどうすればよいのか、専門家の間でも意見は分かれる。

アルコールや薬物を中心に依存の問題を研究する関連学会は、8~10日に仙台市で合同学術総会を開催。日本アルコール・アディクション医学会理事長を務める東京慈恵会医科大の宮田久嗣教授(精神医学)は冒頭、「酒やたばこ、お菓子、コーヒーといった嗜好(しこう)品は、アディクション(依存)の問題があると同時に、生活を豊かにしてくれるものでもある。適正使用の延長線上に依存(病的な使用)があるのか、あるとしたらその境界線はあるのか、あるいは嗜好品としての使用と依存に見られる病的な使用は異質のものなのか」と問題提起した。

さらに、宮田氏とLSIM安全科学研究所の廣中直行テクニカルアドバイザーが座長を務めた「21世紀に嗜好品に求められるもの:科学と実践のクロストーク」と題したシンポジウムでは、飲料メーカーやたばこメーカー、菓子メーカーに勤務経験を持つ人も登壇し、積極的に意見交換した。

アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会では、依存の恐れのある嗜好品について研究者と開発者が共に語り合った=9日、仙台市
アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会では、依存の恐れのある嗜好品について研究者と開発者が共に語り合った=9日、仙台市

議論の中で、人間環境大総合心理学部の高野裕治教授は「たばこの研究は、健康の話をしているのか、人としていかに生きるべきかの話をしているのか、価値観がまざってしまう」と指摘。「社会文化的にアプローチするなど研究の舵(かじ)をきっちり振り切った方が、嗜好品としてのたばこの価値を確立できるのではないか」と述べた。

一方、禁煙を推進する複数の医科系、歯科系学会からなる「禁煙推進学術ネットワーク」は18日、名古屋市で第4回学術会議を開催。急速に普及が進む加熱式たばこもたびたび話題にのぼり、コロナ禍の巣ごもりで家庭内での加熱式たばこを含めたたばこの受動喫煙が増えていることに注意が呼びかけられた。

新百合ケ丘総合病院歯科口腔(こうくう)外科の福田仁一氏は講演で、「加熱式たばこは、ニコチン以外の主要な有害物質の暴露(体内への吸収)量が紙巻きたばこより少なくなるかもしれない」としながらも、「有害物質の暴露に安全域はないことから、ハームリダクションに有効という科学的根拠はない」と述べた。

この講演に対して、東北大加齢医学研究所の堀内久徳教授は「禁煙はできないが、より害が少ない方がいいと思って加熱式たばこに変えた、と患者から言われることが多い」と自身の経験を披露。「加熱式たばこの方が、心筋梗塞などの(たばこに起因する)疾患が減るというエビデンスを構築することが大事。それを基に議論をしたい」と注文をつけた。

筑波大医学医療系支援室の梅津努氏も「海外の論文も調べたが、紙巻きたばこから電子たばこに変えて禁煙に成功したといった内容が多かった」として、たばこに起因する疾患が加熱式たばこで減少するか、第三者の研究機関が論文発表すべきだと応じた。

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