小林繁伝

10勝一番乗り…長嶋監督との〝男の約束〟 虎番疾風録其の四(100)

リーグ一番乗りで10勝目を挙げた巨人の小林=昭和51年6月22日、後楽園球場
リーグ一番乗りで10勝目を挙げた巨人の小林=昭和51年6月22日、後楽園球場

6月に入り疲れが出始めた小林。だが、評論家・牧野の指摘通り、この時の長嶋巨人に小林へ〝休養〟を与えられる余裕はなかった。小林は懸命に投げた。

6日 広島⑪(広島)〇5―1

11日 大洋⑬(川崎)●3―6

17日 広島⑭(広島)〇13―9

そして22日の大洋14回戦(後楽園)でセ・リーグ一番乗りの10勝目を挙げたのである。


◇6月22日 後楽園球場

大洋 000 000 014=5

巨人 210 030 00×=6

(勝)小林10勝3敗 〔敗〕奥江5勝6敗2S

(本)ジョンソン⑥(奥江)


五回に飛び出したジョンソンの3ランで6―0。小林は八回まで4安打1失点。楽々完投―と思われた。ところが、八回の攻撃で小林に「代打」が送られた。実はこの試合まで30試合連続ヒットを続けてきた張本がノーヒット。八回に走者を2人出せば3番張本に打席が回る―と巨人ベンチは考えた。だが、その思惑は失敗。それどころか急(きゅう)遽(きょ)、マウンドに上がった加藤が1安打4四球の乱調で4失点。かろうじての勝利となった。

「冷や冷やさせてすまなかったな」。長嶋監督は小林にペコリと頭を下げた。

仲間から「骨(こつ)」や「痩せ」と呼ばれ、昨年(昭和50年)まで〝中継ぎ〟が主だった小林がここまで成長するとは誰も想像しなかった。だが、長嶋監督は「ボクはやると思っていましたよ」という。

この年の1月、小林が越年していた契約を22%アップの年俸420万円で更改したことはすでに書いた(第80話)。

実はこのとき、長嶋監督は小林に「そろそろサインしてはどうか」と説得の電話をかけていた。ところが小林は「監督、何を言ってるんですか。こんな安い給料では女房、子供を養っていけないですよ!」と反発したのである。

「そのときボクは〝ことしの小林はきっと働く〟と確信したんですよ。彼にはハングリー精神があると思いました」

実に長嶋監督らしい見解である。普通なら「オレの言うことが聞けないのか」と怒るところ。さらに長嶋監督は小林にこう言った。

「コバ、お前の言い分はよくわかる。でも、その前に2桁の実績を挙げろ。注文をつけるのはそれからでも遅くないはずだ。まずは10勝だ」

小林はこの言葉でサインをする気になったという。一番乗りの10勝にはそんな監督との〝男の約束〟が込められていたのである。 (敬称略)

■小林繁伝101

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