ビブリオエッセー月間賞

8月は『還らざる夏-二つの村の戦争と戦後 信州阿智村・平塚』、千葉県船橋市の下原敏彦さん

月間賞を選考する福嶋さんと江南さん(右から)=大阪市中央区(鳥越瑞絵撮影)
月間賞を選考する福嶋さんと江南さん(右から)=大阪市中央区(鳥越瑞絵撮影)

本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面とWEBサイト「産経ニュース」などで掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの一冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。8月の月間賞は、千葉県船橋市の下原敏彦さん(75)の『還らざる夏-二つの村の戦争と戦後 信州阿智村・平塚』に決まりました。丸善ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。なお、きょう9月29日のビブリオエッセーは、下原さんの新しいエッセーを掲載しています。

「しっくりくるラスト」(福嶋さん)、「過不足なく情報処理」(江南さん)

--8月分です。毎年、特別な月になりますが、全体の印象はいかがでしたか

福嶋 まさにこの時期らしく、選書もエッセーも、戦争に関するものが多かったですね。ただ、人物にフォーカスした場合、本もエッセーも、内容が美談になりがちです。戦争が起きた原因そのものを論じるものは少ない。年月を経るとどうしても他人事になってしまうのだと感じました。

江南 私は改めて8月は日本の歴史をひもとく月なんだと強く感じました。いつもより硬いテーマをしっかりと読んだ人が多く、文章自体もレベルが高くてすばらしかったです。選考が難しいほどに。年配の方のエッセーが多かったですね。

福嶋 そうなんです。年配の方々の文章が全く乱れていなくて、すごいと思いました。『散るぞ悲しき-硫黄島総指揮官・栗林忠道』は、気持ちはよく分かるんですが、哀惜の念で終わってしまうと戦争という問題がぼやけてしまう気がしました。今月は全体の粒がそろっていた分、僕の主観がどうしても選定に影響します。

江南 田辺聖子さんの『欲しがりません勝つまでは』も、80代の方ならではのエッセーですね。滋賀県にいたというご自分のエピソードにも無理がない。

福嶋 たいへんな経験をされたことが、強みになっている。アメリカ兵の機銃掃射(きじゅうそうしゃ)を受けて防空壕に逃げ込んだというのですから。

江南 平易な言葉で大上段にかまえず、田辺さんともうまく共振しながら自分のことを語っています。歴史を語り継ぐことの大切さを説く、この説得力にはなかなか勝てないですよ。

福嶋 『花さき山』は今はまだ分からないけれど、理解するためにこれから読もうという内容。『図説 日本の風-人々の暮らしと関わる50の風』は自由奔放に書かれていて、どちらも異色でおもしろかった。『新・倭館-鎖国時代の日本人町』はどことなくほほ笑ましくていい。あと『祭りの場/ギヤマン ビードロ』も最後に無理がなくて細やかでした。

江南 『法然-イエスの面影をしのばせる人』も私は説得力があっていいと思ったのですが、どうでしたか?

福嶋 上手に紹介されていると思いましたが、内容的にあまり驚きが無くて。

江南 そうなんですね。『還らざる夏-二つの村の戦争と戦後 信州阿智村・平塚』はすごくよかった。文章に無駄がなく、情報も過不足なく盛り込んでいて、すーっと内容が頭に入ってくる。真摯(しんし)な文章という印象でした。情報量がすごくてその処理がうまい。文章もいいです。

福嶋 最後の部分もしっくりきましたね。

江南 普通、この短さのエッセーでウクライナに言及すると浮いてしまいがち。でもこの方は無理がない。エッセーの流れと説得感が、今回は評価点になりそうですね。あと、全然違うジャンルですが『50歳になりまして』もエッセーとしてよかったと思います。でも今回はやはり戦争ものかな。『還らざる-』は群を抜いている気がしますがどうでしょう。

--では、2度目の受賞になります。前回はドストエフスキーの作品でした。

江南 まさか同じ方とは! 読書の幅の広さに驚きです。


<作品再掲>最後の満州開拓団

「日本一の星空」をうたう山村が長野の南端、天竜川の支流にある。長野県阿智村。今は温泉地としても知られている。昭和20年5月、新緑まぶしいこの故郷に別れを告げ、満州へ向けて出発した一団があった。「阿智郷開拓団」は最後の満州開拓団だった。

養蚕農家が圧倒的に多い長野県は世界恐慌の影響を大きく受けた。そこで国策を受け、最も多くの開拓者を満州へ送り出す。しかし終戦の直前にソ連軍が満州に侵攻し、阿智郷の開拓村でも多くの命が失われた。元NHKプロデューサーの原さんはかつて担当した番組を通じてこの悲惨な事実を知り、その背景を調べた。そこに自身の戦争体験を重ねて、このノンフィクションを書き上げた。

二つの出会いがあった。後に「中国残留孤児の父」と呼ばれる阿智村・長岳寺の住職、山本慈昭さんと阿智村の写真を撮り続けた熊谷元一さんだ。熊谷さんは小学校の教師であり、後に満州開拓の村々の記録撮影に携わった。

原さんは二人の話に感銘を受けると同時に、フィリピンで戦死した父と神奈川・平塚で体験した大空襲の事実を取材で改めて浮かび上がらせる。あの戦争は終わってはいなかったのだ。原さんは「人々の生と死を通して映し出される『昭和』とはいかなる時代であったのか」と問いかけ、国家とは何かを考える。

実は阿智村は私の故郷だ。山本さんは幼稚園の園長先生で熊谷さんは小学校時代の担任教師だった。約7年前、本書が刊行されたときすぐ手にした。戦時の記録は遠い過去のように感じていたが、ロシアのウクライナ侵攻で現実の戦争に衝撃を受け、再読した。戦争から生まれるのは悲劇だけだ。本書はそれを訴えている。


<喜びの声>故郷の悲しい現実学び 千葉県船橋市の下原敏彦さん(75)

下原敏彦さん
下原敏彦さん


戦後生まれの私は10代後半まで阿智村で育ちましたが満州開拓団の話をほとんど聞いたことはありませんでした。あえて口を閉ざしていたのでしょう。何も知らなかった少年時代は心のどこかでまだ王道楽土を信じていたのかもしれません。この本を読み、村民が過酷な満州でどう生きたのか、厳しく悲しい現実を学びました。同時に熊谷先生や山本住職のことも思い出します。戦争の真実を掘り起こすジャーナリズムの大切さを改めて感じました。

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