「死んだふり」は有効 昆虫学者が証明した生物サバイバル術

アマガエルの一部の個体は腹をさすると死んだふりをする(宮竹貴久教授提供)
アマガエルの一部の個体は腹をさすると死んだふりをする(宮竹貴久教授提供)

敵に襲われたときなどにカエル、ヘビ、クワガタなど多くの生物で見られる「死んだふり(擬死)」。古くから生物学者らに観察されていたが、現代生物学から無視されてきた謎めいた行動について約四半世紀にわたり研究を続けてきた岡山大学の宮竹貴久教授(60)が「『死んだふり』で生きのびる-生き物たちの奇妙な戦略」(岩波書店)として著書をまとめ、擬死が生存に役立っていることを一般の読者にもわかりやすく示した。宮竹教授は「研究は面白く感じる心が大切。好奇心から始まる研究に共感してもらえたら」と話している。

高い生存率裏付け

シャーレの中にいる穀物を食べる害虫・コクヌストモドキ(体長3ミリ)。細い棒の先でつついてやると、あおむけにひっくり返る。「死んだふり」だ。

宮竹教授の研究は、死んだふりをしやすいコクヌストモドキと、しにくいものとをグループ分け。それぞれのグループ内のオスとメスを10世代交配させることで、長時間死んだふりをするグループ(ロング系統)と、ほとんど死んだふりをしないグループ(ショート系統)を育て上げた。

研究テーマである「死んだふりは生存に役立つのか」を検証するため、天敵であるクモ、アダンソンハエトリに襲わせて実験。死んだふりをよくするロング系統のコクヌストモドキの方が、死んだふりをほとんどしないショート系統よりも生存率が高いことを突き止めた。

ただ、実験で明らかになったのはロング系統のメリットばかりではなかった。死んだふりをするグループはもともと動かないタイプが多く異性と出会う機会が少ない。繁殖率の点でショート系統に劣ることも明らかになった。

著書「『死んだふり』で生きのびる」を手にする宮竹教授=岡山市北区の岡山大の研究室
著書「『死んだふり』で生きのびる」を手にする宮竹教授=岡山市北区の岡山大の研究室

現代生物学が無視

死んだふりは、古くから生物学者が関心をもっていた。進化論で知られるイギリスの生物学者、ダーウィン(1809~82年)や「昆虫記」を記したファーブル(1823~1915年)らの文章にも書かれている。死んだふりをする動物は昆虫以外では、豚や鶏、カエルやヘビなどが知られている。

しかし、現代生物学の中で「生き物の死んだふりが生存に役に立つかどうか」について、データを用いた研究がないという状態が続いていた。

宮竹教授は大阪府茨木市出身。「死んだふり」を目の当たりにしたのはサツマイモを食べる害虫、アリモドキゾウムシの根絶事業に取り組んでいた1990年代後半の沖縄県職員時代。その生態の研究のため、飼っていた虫をつついてみると、高確率で死んだふりをすることがわかった。

ここで興味をもった宮竹教授は、県職員としての本来の業務後のアフターファイブや土日の時間を活用。つついた後に死んだふりを続ける時間を計測することから「世界初」の死んだふり研究が始まった。

宮竹教授は平成12年に岡山大学に着任。16年にイギリスの科学雑誌に死んだふり行動が捕食回避に役立つことを示した論文を発表。この発表を受けた論文がさらに発表されるなど、死んだふり研究が注目されるようになった。

天敵のクモの前で死んだふりをするコクヌストモドキ㊨(宮竹貴久教授提供)
天敵のクモの前で死んだふりをするコクヌストモドキ㊨(宮竹貴久教授提供)

そのとき脳内では

宮竹教授は現在、死んだふりをする生物の脳内で何が起きているかを研究。生物の活動性に関わり、脳内の神経伝達物質であるドーパミンの量が増えると死んだふりの持続時間が短くなることを突き止めた。またドーパミンが欠乏すると生物に運動障害が起きることを発見。人間の運動障害の対策に応用可能かどうか研究を続けている。

死んだふり研究に取り組み約四半世紀。宮竹教授は「世界中の誰もが競争している分野の研究ももちろん大切だが、科学者の好奇心から始まって取り組む研究も科学の世界の多様性の発展に貢献している。生き物の死んだふりに興味をもった方はぜひこの本を手に取ってほしい」と話している。(高田祐樹)

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