小林繁伝

なぜか勝てない鬼門の名古屋「方角かなぁ…」 虎番疾風録其の四(99)

加藤(左)、新浦(右)と談笑する小林=昭和51年8月
加藤(左)、新浦(右)と談笑する小林=昭和51年8月

昭和51年シーズン、不調のエース堀内に代わってチームを引っ張る小林。5月の14連勝のときにも3勝を挙げ7勝1敗。だが、そんな小林にも〝苦手〟があった。それが名古屋での中日戦。なんと48年の入団以来、一度も名古屋での試合に勝っていないのである。

48年=1試合(救援1)

49年=6試合(先発1、救援5)2敗

50年=5試合(先発2、救援3)1敗

51年も4月24日の1回戦に先発したが、6回5安打3自責点で敗戦投手。そして6月1日、2度目の名古屋での先発となった。

実は小林が阪神に移籍した54年のシーズン終盤、筆者は小林に「どうして名古屋では投げないの?」と質問をしたことがある。記録を付けていて、小林の名古屋での登板が一度もないのに気づいたからだ。

「別にイヤだと言ったわけじゃない。ただ、昔からなぜか名古屋での試合にあまり勝てていないから、配慮してくれているんじゃないか」

――他の球場と何か違うの

「マウンドの高さや風向きかな。いつも向かい風なんだ。いや、自分にも理由はよく分からない。方角かなぁ」

苦手意識とはそんなものかもしれない。6月1日、小林は「気分転換に」と朝早く起き、宿舎「ライオンズホテル」の周囲を散歩した。だが、結果は同じ。


◇6月1日 ナゴヤ球場

巨人 000 010 020=3

中日 202 001 10×=6

(勝)星野5勝5敗 〔敗〕小林7勝2敗

(S)鈴木孝2敗8S

(本)谷沢③(小林)マーチン⑩(小林)⑪(倉田)王⑰(星野)


一回、先頭の高木に左中間二塁打され、続くローンに右前タイムリー。そして1死後、谷沢にバックスクリーンへ3号ホームラン。三回には右前安打の谷沢を一塁に置いてマーチンの10号2ラン。4回4失点で降板だ。ネット裏では評論家の牧野茂が「疲れ」と指摘した。

「小林は5月下旬から調子が落ちている。原因は〝疲労〟だ。ここまで懸命にチームを引っ張ってきたのだから疲れが出て当然。問題はこの疲れをどうやって取るかだ。一番の策は後半戦をにらんで思い切って〝休養期間〟を取らせることだが、ことしの巨人にはそんな余裕はないだろう」

疲れているのは小林だけではない。14連勝のあと3勝4敗。前半戦の踏ん張りどころだ。(敬称略)

■小林繁伝100

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