主張

国葬の朝に 礼節ある日本の姿を示したい 論説委員長 榊原智

国葬を前にリハーサルに臨む自衛官ら=26日午後、東京都千代田区(春名中撮影)
国葬を前にリハーサルに臨む自衛官ら=26日午後、東京都千代田区(春名中撮影)

国葬の朝を迎えた。

参院選遊説中に、テロリストの凶弾に斃(たお)れた安倍晋三元首相を悼む葬儀である。会場は昭和42年の吉田茂元首相の国葬と同じ日本武道館で、秋篠宮皇嗣殿下、岸田文雄首相はじめ国内外の約4300人の参列となる。会場近くの公園や各地の献花場へも多くの人々が訪れるだろう。

今、何より大切なことは、国葬を厳粛に、そして堂々と営んで故人を送ることだ。テロに屈しない日本を世界に示すことにもなる。

その当日に、葬儀を大声で誹(そし)り、乱すような振る舞いがあれば、日本の品格をひどく損なう。厳に慎んでもらいたい。

岸田首相は自信をもって国葬を執り行えばよい。国葬の判断と政府の法的手続きは間違っていない。

安倍氏の治績は国葬に値する。憲政史上最長の8年8カ月の首相在任を記録したから、だけではない。

首相の最重要の責務は国家国民を守り抜くことだ。東西冷戦といった国際構造を踏まえ、安全保障を確保する方策を講じなければならない。

首相は堂々と執行せよ

戦後の首相経験者の国葬の前例となる吉田氏は日本を占領から独立させ、日米安全保障条約を結んだ。東西冷戦期に自由主義の国として平和と繁栄を享受する基盤を作った。

安倍氏の功績はこれに劣らない。憲法解釈を是正し、集団的自衛権の限定行使容認を柱とする安全保障関連法を成立させた。国家安全保障会議(NSC)や特定秘密保護法などを作った。岸田首相は8月の記者会見で「ポスト冷戦期の次の時代」に入ったという認識を示し、「わが国の平和と安全を守るために全力を尽くす」と語った。「米中新冷戦」の時代を指しているのだろう。

安倍氏は安全保障の構造改革を進めた。同盟国米国などと守り合う仕組みを整えた。これらが新冷戦の時代を生き抜く基盤になった。

安倍氏は一連の改革を回避してもよかったが、日本と国民のために火中の栗(くり)を拾った。抑止力構築の大切さ、難しさを理解できない野党やメディアから総攻撃されるリスクを冒して改革を進めた。

政府は防衛力の抜本的強化策を検討中だが、安倍氏の改革がなければ中国、北朝鮮、ロシアの脅威を前に立ち往生していただろう。

敗戦後の国政を預かった吉田氏がなしえなかった役割も果たした。日本や世界にとって望ましい国際秩序を作ろうと能動的に働いた。提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想は、欧米諸国の戦略になった。日米、オーストラリア、インドの4カ国の枠組み「クアッド」を実現した。どちらも覇権主義的な中国を抑止するのに欠かせなかった。

米国が離脱しても環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をまとめ、自由貿易を擁護した。

友人の忠告に耳傾けよう

「状況対応型」が多かった戦後日本の首相とは異なり、安倍氏の国際社会における存在感は際立ち、日本の地位向上にもつながった。だからこそ訃報を聞いたバイデン米大統領は「世界の損失だ」と悼み、極めて多数の国・地域の首脳、政府が弔意を示してくれた。国葬には約700人の海外要人が訪れる。

旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)問題や北方領土政策など安倍氏にも不十分な点はあった。だが国際的、歴史的視野に立てば国葬で送ることこそ、最もふさわしい。

国葬の決定後、報道各社の世論調査では反対が賛成を上回った。これを見て、鬼の首をとったように反対を言い募る政党や政治家がいるのは極めて見苦しい。

日本の首相は内閣(政府)を掌握する役割だ。議院内閣制の諸ルールにのっとって他の国会議員、政党との政治的闘争を勝ち抜いてその座を占める。有権者の支持を集め、6回続けて国政選挙に勝利した安倍氏に拒否感を抱く反対勢力が存在するのは不思議ではない。

ただし、民主主義国の政治闘争はルールと信頼、礼節を伴うべきだ。葬儀まで攻撃に持ち出しては相互に持つべき最低限の信頼、敬意まで失わせ、民主主義を動揺させると気づくべきだ。立憲民主党の有力議員が国葬案内状の写真をツイッターに掲げ欠席を宣(のたま)ったのには心底驚いた。なぜ静かに欠席できないのか。

ジョージアのティムラズ・レジャバ駐日大使はツイッターで国葬をめぐり「故人に対する目に余る言動に心を締め付けられております」「今は政治ではなく日本全体の姿が試される局面です」と投稿した。良識ある友人の忠告に耳を傾けたい。

ことは葬儀である。国葬反対を騒ぎ立てた人々も含め、礼節ある日本の姿を示す日でありたい。

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