小林繁伝

5月5日の悪夢…土壇場で弱い阪神の体質 虎番疾風録其の四(97)

七回1死満塁で広島のシェーンにホームランを打たれ、肩を落とす阪神の安仁屋⑱=昭和51年5月5日、甲子園球場
七回1死満塁で広島のシェーンにホームランを打たれ、肩を落とす阪神の安仁屋⑱=昭和51年5月5日、甲子園球場

阪神の首位陥落はけっして巨人の勢いだけではなかった。当時、トラ番記者の間では『5月5日の悪夢』といわれる一戦があった。

昭和51年5月5日、広島とのダブルヘッダー。その日は「こどもの日」ということもあり、甲子園球場は5万8千人の大観衆であふれかえった。第1試合、広島は外木場、阪神は江本と両エースが先発した。


◇5月5日 第1試合 甲子園球場

広島 000 000 900=9

阪神 001 600 110=9

(広)外木場―永本―宮本―渡辺―金城

(神)江本―安仁屋―谷村―山本和

(本)江本①②(外木場)シェーン⑦(安仁屋)池辺②(宮本)


試合は阪神が主導権を取った。三回、江本が先制のホームラン。四回には東田、池辺、掛布の連続タイムリーや江本の2打席連続本塁打などで6得点。前半で7点のリードを奪った。

ところが七回に広島が江本に襲いかかる。1死一塁から6連続長短打。これには阪神ベンチも慌てた。急遽(きゅうきょ)、安仁屋と山本和がブルペンへ走る。あまりに慌てたのか、安仁屋がベンチ前で足を取られて転んでしまうほど。

1死満塁でその安仁屋が登板した。衣笠を左飛に打ち取った―と思ったら、この打球を左翼池田がポロリ。その直後、シェーンの満塁ホームランが飛び出し、スコアボードに「9」。

「イヤーな予感がしとったんや。2本もホームラン打ったし、何か悪いことが起こるんやないかと…。一人で試合をかき回して、みんなに迷惑をかけてしもた」と江本はしょんぼり。そして吉田監督も猛烈に悔しがった。

「私のミスです。江本が打たれたとき、ブルペンでは谷村が準備できてたんですわ。代えどきを間違えました。安仁屋のところは谷村を出さなアカンのでした」

勝てる試合を勝てなかったショックは第2試合に響いた。次も2―0から逆転され4―6で敗退。阪神はドロ沼状態で巨人との〝決戦〟を迎えていたのである。

「巨人が130試合目で優勝を決めた48年の阪神を思い出したよ。あのとき、阪神の方が圧倒的に有利だった。阪神は土壇場に追い込まれるとすっかり浮足立つ。追い詰められたときの〝脆(もろ)さ〟と〝無策〟は体質なのかなぁ」

ネット裏で牧野茂がため息をついた。(敬称略)

■小林繁伝98

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