日本の未来を考える

東京大名誉教授・伊藤元重 創造的破壊のチャンス

伊藤元重氏
伊藤元重氏

島根県の失業率が非常に低いことがちょっとした話題になっている。総務省の労働力調査によると、今年の1月から3月の平均で、全国の失業率2・7%に対し、島根県は1・1%だった。ただ、失業率が低いことは必ずしもよいことばかりとはかぎらない。同時期の米国の失業率(1~3月の平均)は3・8%。人手不足が深刻になるほど新しい労働需要が生まれ、賃金が急上昇している米国の方が労働市場は活性化しているのに、日本に比べて失業率は高い。

島根県以外で、失業率が極端に低かったのは、1・2%の岐阜県、1・4%の佐賀県、1・5%の三重県。失業率が極端に低いのは、労働市場での新陳代謝が鈍っているとも言える。転職しても賃金が上がるわけではないから、多くの人がこれまでの仕事に留(とど)まる。同じ人たちが同じような仕事を続けているので、生産性も上昇しにくい。新しいビジネスもなかなか生まれない。同じことは日本経済全体でも言えるかもしれない。

近年の経済成長は「創造的破壊」による部分が大きいといわれる。それは米国の最近の経済状況を見れば明らかだ。グーグルやアップルなどGAFAと呼ばれる巨大IT企業の企業価値を足し合わせただけで、日本の企業全ての企業価値と同じ規模になる。単に米国経済はすごいという話ではない。米国の主要企業全体の株価を表すS&P500社からGAFAを引けば、この10年の日本企業の株価の動きとそんなに違わないようだ。

もはやGAFAの存在なしに米国経済の成長はないと言ってもよい。そしてGAFAに共通するのは、「既存のビジネスや社会秩序を破壊しながら新しい成長を生み出す」という創造的破壊のメカニズムだ。その基礎にあるデジタル技術は、破壊的な技術革新といわれ、創造的破壊の原動力となっている。

日本の経済の活力を高めるためには、この創造的破壊のメカニズムを活性化させる必要がある。だからこそ、DX(デジタル・トランスフォーメーション)で古い経済構造や仕組みを壊していくことが必要となる。デジタル化を進め、スタートアップ(起業、新規事業)を支援するような政策が必要なのだ。

ただ、日本ではそうした政策を講じても、なかなか有効に機能してこなかったことも事実だ。いま超円安、金利上昇、資源価格の高騰などが日本経済を苦しめているが、皮肉なことに、こうした現象は経済の新陳代謝を高める可能性がある。この10年、物価や賃金は安定し、金利も非常に低い水準で安定していた。経済は低迷していたが、安定的でもあり、そのおかげでゾンビ企業と呼ばれる多くの企業が存続し、新陳代謝も進まなかった。創造的破壊どころか、非創造的安定状態が続いたのだ。

しかし、時代は明らかに変わりつつある。経済の不安定化は好ましくない面も多いが、変化に刺激されて社会や経済が大きく動く可能性も出てくる。それが創造的破壊につながり、経済活力を高めることを願っている。(いとう もとしげ)

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