話の肖像画

アルピニスト・野口健<25> 大好きなオヤジに「世の中のB面も見ろ」と

父、雅昭さん(右)と(野口健事務所提供)
父、雅昭さん(右)と(野口健事務所提供)

<24>にもどる

《父、雅昭さん(81)は東大卒の元キャリア外交官。エリートコースを歩んで外務省に入り、イエメンやチュニジアの大使を務めたが、いささか型破りの外交官だったらしい》


イエメン大使だったとき、まだ高校生の僕が遊びに行くと、オヤジが自分で車を運転していろんな場所へ連れてってくれるんです。雑然としたバザールや何もかもが足りない悲惨な医療現場とか、貧困者が住んでいるスラム街とか…。

大使ならば運転手付きの高級車にふんぞり返っている人が多いんでしょうけど、オヤジは「そんなことをしていたら本当のことは分からない」といって、わざわざボロ車で大使の身分をかくして現場へ〝視察〟に行きました。

「どうだ? 何を感じた?」

「よく分かんないよ」

「世の中には必ずA面とB面がある。A面(表側)だけ見ていては本当のことは分からない。B面(裏側)も見ろ。特にB面は自分から足を運ばないと見ることができないんだぞ」

オヤジは高校生の僕にそう教えてくれました。今の僕の活動でも、この「A面とB面」の話は教訓にしています。


《危険な目に遭ったことも》


当時のイエメンはソ連(当時)に近く、日本との関係はよくなかった。その上、湾岸戦争が勃発(1991年)、とうとう大使公邸に手榴弾(しゅりゅうだん)が投げ込まれるテロ事件が発生しましたが、オヤジも(再婚した)母ちゃんもまったく動じることはありませんでしたね。

官僚には、政治家にはこびへつらう人もいますが、オヤジはそんなこともしなかった。あるときなんか、集合時間に遅れてきたセンセイ方(国会議員)に向かって「走れ!」と怒鳴りつけたこともあったほど。

「型破り」の言動が影響したのか知りませんが、イエメン大使からオーストラリアのシドニー総領事へ、異例の「降格人事」をくらったこともありましたが、オヤジはあまり気にしていないようでしたね。


《よく話す父子であり、しばしば2人で旅もした》


母ちゃん(実母のモナさん)との離婚が決定的になって家を出ていった後は、オヤジと2人暮らしになったので、ヨーロッパなどいろいろな所へ行きました。エジプトのピラミッドへ2人で登ったこともある。もちろん「禁止」なんですが、オヤジは「見つからないように登っちゃえばいいよ」なんて言いながら先にどんどん行っちゃった。当時の僕はまだ小学生だったからついてゆくのが大変。実際に登ってみるとピラミッドの石はとても大きくて、簡単には登れない。

やっと登って降りてきたら、警備員が怖い顔をして待っていた。オヤジはアラビア語で〝言い訳〟をしていましたが、さすがは交渉が仕事の外交官。何とか言い逃れたようです(苦笑)。まぁ、僕の人生の節目節目にオヤジがアドバイスしてくれたことは、とても参考になったと思う。僕はオヤジのことがすごく好きでしたしね。


《野口さんはいま、娘の絵子(えこ)さん(18)と活動をともにすることが増えている。そのときに参考にしているのが、雅昭さんの「教え」だ》


「現場」に連れてゆくと、感じられるものがある。逆にいえば「現場」に行かねば感じられないことがあるということです。僕はそれを(娘にも)感じてほしい。ちょっとカッコよく言えば、「父親としてどんな姿を子供に見せられるか」でしょうかね。これも、オヤジのまねをしているだけですよ(苦笑)。(聞き手 喜多由浩)

<26>にすすむ

会員限定記事会員サービス詳細