朝晴れエッセー

コーヒーを飲もう・9月26日

コーヒーでも入れようかな。お昼ご飯の後、息子はそう言ってよくコーヒーを飲んでいた。

こだわりの珈琲屋さんで買ったコーヒー豆をハンドミルで挽(ひ)く。くるくると手で回すとカリカリと心地よい音がして、いい匂いがした。挽いた豆をフィルターに移してカップにセットする。私もコーヒー好きなので時々一緒に飲んでいた。私はずぼらなので豆もお湯も目分量でいいかげんだが、息子はビーカーを使ってお湯の量をはかり、タイマーで時間もきっちり3分計る徹底ぶりだ。

専用のコーヒーポットでお湯を注ぐと、ふわっと豆が膨らみ、甘い香りが部屋いっぱいに広がった。「ばかうまい!」。一口飲むと息子は目を丸くしてうれしそうにそう言った。息子の誕生日プレゼントに買った、ちょっと高価なブルーマウンテン。「お母さんのも入れてあげるよ」。私の分まで入れてくれた。

ポットを持つ手は青白くすっかり痩せ細り、小さく震えていた。最後の一杯になるかもしれない。そう思いながら一口飲んだその味は雑味がなく、かすかに苦く優しい味だった。

2カ月後、息子はがんで亡くなった。22歳だった。長い闘病生活の中で弱音を吐くことは一度もなかった。「悲しみの果て」という歌の歌詞に「部屋を飾ろう、コーヒーを飲もう」というフレーズがあるのを息子が教えてくれた。とりあえず私は今日もおいしいコーヒーを飲みます。


丸山智恵(48) 神奈川県藤沢市

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