戦前の国葬令 皇族中心 山本五十六ら功労者も

安倍元首相国葬の前日、リハーサルをする自衛官ら=26日午後、東京都千代田区(松井英幸撮影)
安倍元首相国葬の前日、リハーサルをする自衛官ら=26日午後、東京都千代田区(松井英幸撮影)

かつて国葬は大正15(1926)年に制定された国葬令で明文化されていた。皇族のほか、国家への功労があったとして、旧日本海軍の連合艦隊司令長官を務めた山本五十六らの国葬が行われた。

国葬令では、天皇の大喪儀や、皇太子、皇太子妃といった皇族の葬儀は国葬とするとしていた。また、国家に功労があった者に対しても「特旨」(天皇のおぼしめし)によって行われることとなっていた。

国葬令の制定以前にさかのぼると、日本で最初の国葬は明治16(1883)年に行われた岩倉具視の葬儀とされる。岩倉は明治維新の立役者であり、明治政府で要職を務めた。このほか、伊藤博文、山県有朋、松方正義、西園寺公望といった首相経験者も国葬が行われた。

国葬令制定後は、日露戦争の日本海海戦で勝利に貢献した連合艦隊司令長官、東郷平八郎のように軍功があった者も含まれた。先の大戦中、東郷と同じく連合艦隊司令長官を務めた山本五十六も国葬とされた。

山本は昭和16年の真珠湾攻撃を指揮して緒戦の快進撃を支えたが、18年4月にソロモン諸島の前線へ視察に向かう途中、搭乗機を米軍機に撃墜された。戦死は約1カ月間秘匿され、同年6月5日に東京・日比谷公園で国葬が行われた。この日はくしくも9年の東郷の国葬と同じ日だった。

国葬令は戦後の22年に失効した。現在、天皇の「大喪の礼」は皇室典範で規定されているが、一般国民に関する法律はない。42年に戦後初として行われた吉田茂元首相の国葬は閣議決定で行われた。今回の安倍晋三元首相の国葬に関して、政府は内閣府設置法を根拠に「国の儀式」として執り行う。(太田泰)

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