父が語る鎌田大地の素顔①「子供のころの性格は天真爛漫」

米国戦の前半、先制ゴールを決めた鎌田大地=デュッセルドルフ(撮影・蔵賢斗)
米国戦の前半、先制ゴールを決めた鎌田大地=デュッセルドルフ(撮影・蔵賢斗)

カタールで開催されるサッカーワールドカップ(W杯)の開幕まで、2カ月を切った。23日にドイツで行われた日本代表と米国との親善試合で先制ゴールを決めた鎌田大地(26)=アイントラハト・フランクフルト(ドイツ)=は挫折を乗り越えてステップアップしてきた異国の地での実績を武器に、W杯メンバー入りを目指している。初の8強入りを目標に掲げる日本代表期待の星となれるか。決して平坦(へいたん)ではなかった足跡を自身も大学時代までサッカー選手だった父親の幹雄さん(53)が語る。

地元のキッズFCでプレーする鎌田大地。当時から技術力は秀でていた(鎌田幹雄さん提供)
地元のキッズFCでプレーする鎌田大地。当時から技術力は秀でていた(鎌田幹雄さん提供)

6月に日本国内で行われた日本代表の国際親善試合の後、実家に戻ってきた大地や家族と約3週間、一緒に過ごしました。ほとんどがサッカーや孫の話。本当に楽しかったですね。大地は長く体をケアしてくれている先生を呼び、トレーニングもしていました。

ドイツでプレーする今も、大地の試合は欠かさず見ています。日本時間午後10時に始まるときはリアルタイムで、午前4時開始の欧州チャンピオンズリーグは5時に起きて追っかけ再生で。試合後は「お疲れさま」と家族のラインでメッセージをやり取りします。

最近は大地に気付かされることも多い。(J2の仙台に所属する)弟の大夢(ひろむ)がトレーニングで悩んでいたとき、大地は「いろんなことをやって、体に合わないものはすぐにやめる勇気もいる」と言いました。

僕はやり始めたら乗り越えないといけないと考えるけど、「そんなことないで」と。サッカーはダメだったらすぐにクビになる職業。目標達成のため、いいと思うことを次々と試していくしかない。いろんな経験をしてきたんだなと、成長を感じました。

大地がサッカーを始めたのは3歳のとき。僕が大阪体育大までサッカーをしていたこともあって、技術を教えてくれるチームを探しました。いろんなチームを巡り、当時住んでいた愛媛・伊予市のキッズFCに決めました。小さい子には鬼ごっこのような遊びの中でボールを使うなど、年齢に合わせた指導法が気に入ったんです。少し大きくなると周りを見る、判断する部分を大切にしてくれ、それが今の大地のプレーにも生きています。

大地はすぐに熱中し、平日は練習、土日は試合の日々。リフティングも小学1年のときには千回を超えました。小学2、3年のころには、学年が上の試合にもずっと出場していました。

家に帰ると、母親が撮影した自分の試合の映像を見るんです。「あのパスよかったね」と。子供のころの性格は天真爛漫(らんまん)。神戸で開かれたFCバルセロナのサッカー教室にもすすんでいくような子供でした。

小学6年のとき、(全国からエリートが集まる)JFAアカデミー福島の選考を受けました。結果は最終審査で落選。通知が届いたのは、家に大地しかいないとき。一人で確認したようです。僕が家に帰ると、2階で泣いていました。手応えもあったのでしょう。「選ぶのは人。仕方がない」と慰めたのを覚えています。ただ、切り替えは速い方。お誘いのあったガンバ大阪のアカデミーに入ることに決め、親元を離れて暮らすことになったんです。

居酒屋で父親の幹雄さん(左)と自撮り写真に納まる鎌田大地(鎌田幹雄さん提供)
居酒屋で父親の幹雄さん(左)と自撮り写真に納まる鎌田大地(鎌田幹雄さん提供)

鎌田幹雄(かまだ・みきお) 昭和44年4月23日生まれ、53歳。鳥取市出身。鳥取東高から大体大。大学時までサッカー部でプレーした。現在は兵庫・尼崎市在住の会社員。

鎌田大地(かまだ・だいち) 平成8年8月5日生まれ、26歳。愛媛県伊予市出身。ガンバ大阪ジュニアユースから京都・東山高を経てJ1のサガン鳥栖入り。29年夏にアイントラハト・フランクフルト(ドイツ)に移籍。平成31年3月に日本代表初招集。昨シーズンは欧州リーグでチームの42年ぶりの戴冠に貢献。日本代表のキーマンとして期待されている。

(構成 サンケイスポーツ 邨田直人)

=随時掲載

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