話の肖像画

アルピニスト・野口健<23> 現場に立って実体験、イマドキの若者に期待

環境学校に参加した子供たちと(野口健事務所提供)
環境学校に参加した子供たちと(野口健事務所提供)

<22>にもどる

《富士山や小笠原などで毎年、子供たちを集めて環境学校を開催している。欧米では盛んな「環境」教育が日本では乏しいと思うからだ。学校ではさまざまな自然体験を行うが、イマドキの子供たちの反応に驚かされることもしばしば…》

海でシーカヤックの体験をしたときのことです。まず「沈(ちん)」といって艇をわざと転覆させ、海中から浮き上がってくる訓練をやるのですが、ある小学生の反応に驚かされました。

ふつう人間は、海中に沈み、息ができなくなると、必死でもがくものでしょう。ところがその子供は、海中に沈んだ状態のまま、じっと固まっていて動かない。「危ない、このままでは死んでしまう」と思った。スタッフが間一髪、助け起こしましたが、こうした反応も自然体験が少なく、身体が危機に対応できないせいではないか、と思うのです。同様のことは、他でもありました。

自然の中には「危険なこと」がたくさんあります。天候、地形、動植物への対応などなど…。自然の中で過ごす時間が多ければ、危険を予知し、危険に対応する方法を体で覚えてゆくのです。かつて子供たちは当たり前のようにそれをやることができたのですが、「外遊び」が減ってスマホやパソコンばかりいじっている今の子供たちはそれが難しい。

《かつては「バックパッカー」と呼ばれ、世界中〝貧乏旅行〟して歩いていた日本人の若者もめっきり減ったという。エベレスト街道でも目立つのは中国人や韓国人の若者だ》

かつて、日本人のバックパッカーが世界で目立ったのは時代の流行やメディアの影響があったのかもしれません。確かにいまは減りましたねぇ。

ひとつにはインターネットの急速な普及などで「情報」が多すぎる、と思うのです。僕らの時代は、まだネットが発達していなかったので、見たいもの、知りたいものがあれば、どうしても「現場」へ行かねばなりませんでした。そこに「ロマン」もあったのです。

ところが今は、クリックするだけで世界中へ行ったような「感覚」になる。エベレストの頂上にさえ立ったような気分を味わえる。「実体験」を伴わない情報先行ですね。でも、現場に立たないと分からない景色、におい、感覚…それがあることをぜひ、若い人たちには知ってほしいと思うのです。

《ネガティブなことばかりではない。被災地へ駆けつける大学生や高校生らのボランティアの急増だ。その姿が野口さんには頼もしく見える》

「イマドキの若者ときたら…」というような大人のボヤキは昔からあった(苦笑)。

被災地で活動する若者たちの意識はすごく高いですよ。ひとつのきっかけはやはり、東日本大震災(平成23年)でした。大津波に襲われて壊れてゆく国土の姿はショックだったでしょう。「僕も私も手伝えることがあるのではないか」という気持ちがボランティアの活動に彼らを駆り立てたのだと思う。

昔の若者とは違って、今の人たちには政治的に「右」や「左」といった意識はおそらく薄いでしょう。だが、被災地のボランティアに参加することは「社会とつながる」ことになるのです。「現場」に立った者しか感じられない、分からない実体験をしているのです。僕もずっと「現場」で感じることを大切にしてきました。

だから、あまり心配はしていませんよ。東日本大震災のケースを見ても分かるように若者たちは、何かきっかけがあれば変わる。社会とかかわることができる。そういう可能性を十分に秘めていると思います。(聞き手 喜多由浩)

<24>へすすむ

会員限定記事会員サービス詳細