朝晴れエッセー

彼岸花・9月24日

彼岸花の花言葉は何だろう。主人の葬儀の日、お骨になってしまった主人を抱いて、車で帰る途中のことだった。窓の外、遠くに燃え立つように群生して咲く彼岸花が目に入ってきた。それは、私に数時間前の悲しみの極みを連想させる色だった。それ以来、彼岸花は目をそらしたくなる花となってしまった。

時が流れ、去年の秋分の日のこと。新聞に彼岸花の記事があった。「戦時中、彼岸花の球根が薬として戦地に送られた…」と。球根が有毒だということは昔から聞いていた。それが戦時中、薬として貢献していたことを初めて知った。戦地で傷病兵を救っていた。毒と薬は紙一重だった。私の中で、彼岸花の認識が少し変わった。

私がガーデニングを楽しんでいる畑の一角に彼岸花が自生している。今年も季節が巡ってきて、彼岸花の土から顔をのぞかせている球根から、つぼみがついた花茎が出てきた。お彼岸の頃には、畑の片隅を赤く染めるだろう。主人の命日も近づいてきた。あの年の9月はいつまでも残暑が厳しかった。

娘が作った紅茶の氷の塊を口に含み、「世の中に、こんなに、おいしいものがあったんだねぇ」と言った主人の言葉が切なく思い出される。あれから、もう9年になる。

あの日見た、野辺に群がって咲く彼岸花を、いつか、私も秋の風物詩として見る日が来るだろうと、今では思っている。


田川あつ子(74) 兵庫県川西市

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