忍者ヒグマ「OSO18」 闇夜にまぎれ、わなを素通り 乳牛65頭に牙

OSO18とみられるヒグマ=令和元年8月13日(北海道標茶町提供)
OSO18とみられるヒグマ=令和元年8月13日(北海道標茶町提供)

令和元年7月以降、深夜に乳牛を襲う神出鬼没の「忍者ヒグマ」が北海道東部の酪農家に言い知れぬ恐怖を与えている。仕掛けたわなを歯牙にもかけず「犯行」を重ねるヒグマに付けられたコードネームは「OSO(オソ)18」。専門家は「臆病なはずのクマが人間を恐れなくなっている」と警鐘を鳴らす。

目撃は一度だけ 姿見せぬ乳牛キラー

今年7月1日。人口の6倍近い約4万頭の乳牛が草をはむ北海道標茶町(しべちゃちょう)にそのヒグマは戻ってきた。

連絡を受け現場に駆け付けた町職員は腹を裂かれ内臓を食い散らかされた乳牛を目にして「やっぱりまた来たか」とため息を漏らした。同時に襲われて後日死んだ牛を含め、同月だけで町内で5頭が死んだ。

このヒグマが初めて確認されたのは令和元年7月。殺した乳牛を穴に埋めようとしているところを、放牧中の乳牛が足りないことに気付いて周囲を捜索していた酪農家の男性が目撃した。

初出現した地名「オソツベツ」と前足の幅18センチから「OSO18」と命名されたものの、その後姿が確認された事例はない。だが現場に残された毛などのDNA型鑑定によると、同一個体による被害は隣接する厚岸町(あっけしちょう)を含め65頭(今月16日時点)。放牧を断念する際の飼料費を含め、被害総額は約4千万円に上る。

三毛別の記憶に震える地元 愛護団体は「殺さないで」

河原ではなく川の中を歩き、道路を横切らずに橋の下を移動するなどOSO18は痕跡を残さない。音響装置に臆することもなく、わなには見向きもせず横を素通りする。元来夜行性ではあり、猟友会が銃を使用できない夜間に「犯行」に及ぶ。自分の領域を他のクマにアピールするヒグマの習性を無視するかのように襲った獲物を放置して現場を去る。

「有効なはずの手立ても全く効かない。見えないクマは撃てないよ」。北海道猟友会標茶支部の後藤勲支部長(79)は唇をかむ。

一方で、町には「クマを殺すな」と動物愛護団体から抗議の電話が相次ぐ。後藤さんは「ここに住んでから言ってくれ。今後どんな被害が出るか分かったもんじゃない。命がかかった問題なんだ」と憤りを隠さない。

念頭に置くのは大正4年12月、苫前町(とままえちょう)で妊婦や子供を含む開拓民7人が襲われ死亡した三毛別(さんけべつ)ヒグマ事件だ。OSO18は三毛別事件のヒグマと同サイズの約300キロとされる。

標茶町では被害を避けようと夜間は自宅付近の牛舎に収容する酪農家もいるが、そこまでOSO18が来た形跡も既に確認されている。「牛舎で乳牛の悲鳴が聞こえたら、ヤツがいるかもしれないと思え」。後藤さんは人間を襲う危険性を指摘している。

本州でも「人に慣れたクマ」 道路を悠々と渡る姿も

人間の出方を見越したかのように動くクマは本州でも増えている。NPO法人「日本ツキノワグマ研究所」(広島県廿日市市)の米田(まいた)一彦理事長(74)は「わなを張っても背伸びして餌だけ取る。道路を渡るそぶりを見せて車を止め、悠々渡るクマもいるし、トラックが走る脇で遊ぶ姿も珍しくない」と話す。

 停車するトラックの前を横断するツキノワグマ=令和4年7月19日、秋田県鹿角市(米田一彦さん提供)
停車するトラックの前を横断するツキノワグマ=令和4年7月19日、秋田県鹿角市(米田一彦さん提供)

米田さんによると、従来山にいたツキノワグマは過疎化に伴い、強いオスに押し出される形で弱いメスや若いオスが住宅地と山の中間に当たる里山に進出した。人間の出すゴミもエサにし、狩猟者の減少もあって増殖を続ける。

家畜飼料を運ぶ多数のトラックがすぐ側の県道を走る中、タイヤで遊ぶツキノワグマ=令和2年8月12日、秋田県鹿角市(米田一彦さん提供)
家畜飼料を運ぶ多数のトラックがすぐ側の県道を走る中、タイヤで遊ぶツキノワグマ=令和2年8月12日、秋田県鹿角市(米田一彦さん提供)

環境省の集計では令和4年4~7月の出没件数は6127件。秋田、福島両県で2人が襲われて死亡するなど、人身被害は40件発生している。大阪府内でも4年に入ってから6件の出没情報があり、中には茨木市の新名神高速道路出口付近で目撃されたケースもあった。

「クマは元来臆病だが、ツキノワグマの中には人に抱きつく個体も報告されている」と米田さん。最もクマと遭遇する事案が多い10月を前に「クマが人間になれて恐怖心を抱かなくなっている。都市の中心部以外ではどこで遭遇するかも分からない。身を守る術を頭に入れておいてほしい」と呼びかける。(五十嵐一)


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