論壇時評

10月号 「安倍ロス」保守と弱い左派 文化部・磨井慎吾

政治 衆院議運委で立憲民主党・泉健太代表の質疑に答弁する岸田文雄首相=8日午後、国会・衆院第1委員室(大塚聡彦撮影)
政治 衆院議運委で立憲民主党・泉健太代表の質疑に答弁する岸田文雄首相=8日午後、国会・衆院第1委員室(大塚聡彦撮影)

発足以来、堅調だった岸田文雄内閣の支持率がこのところ低迷している。直近の報道各社の世論調査では43~29%という数字が並び、急落ぶりは顕著だ。そして原因については一様に、国葬と旧統一教会問題だと分析されている。

思い返せば、ここ10年ほどの日本政治の最大の対立軸は、元首相の安倍晋三への賛否だった。突然の死から2カ月以上たった今もなお、その対立軸に沿って国論が割れているというのは、元首相の存在感の大きさに改めて思いをいたすべきか、はたまた現首相の影の薄さを嘆くべきか。亡き元首相にからむ話題で左右両翼がヒートアップする、「安倍ロス」としか言いようのない言論状況がしばらくは続くのだろう。

旧統一教会と自民党の関係を中心とした「政治と宗教」をめぐる問題については、『文芸春秋』の巻頭座談会「統一教会と創価学会」(宮崎哲弥・島田裕巳・仲正昌樹・小川寛大)がバランスの取れた見取り図を示す。

一部メディアでは、旧統一教会が自民党の政策をコントロールしていたかのように論じられているが、宗教ジャーナリストの小川は「むしろ統一教会側が、自民党右派の歓心を買うために調子を合わせていた面が大きいのではないか」「宗教が、何らかのメリットを求めて政治に近づいたことは事実です。ただ、これまで宗教が政治を意のままに動かしたことがあったかというと、かなり怪しい」と、因果関係の転倒を指摘する。旧統一教会の影響力を過大に見積もる現在の議論には、座談会参加者は否定的だ。

もっとも、無節操に宗教団体を利用してきた戦後の保守政治のあり方については、手厳しい意見が相次ぐ。司会を務める評論家の宮崎が「保守は個人主義的で、厳格な政教分離を唱えるリベラルに抗して、ロバート・N・ベラーのいう市民宗教、あるいは公共宗教の成立に尽力すべきだったのに、統一教会など右派的な装いの新宗教勢力に依存することで、国民の共同性の醸成という基礎固めを怠ってきた」と鋭く突けば、思想史家の仲正も「保守の政治家たちは、市民の公共意識の育成を自前でやろうとしていません。(中略)教団の狙いなどあまり考えないで付き合って、どうして付き合ったのかと追及されるとあたふたする」「今の自民党の保守派は、過激なことを言っているようで、小心者が多そうですね」と辛辣(しんらつ)に応じる。死去から2カ月以上も時間を空けた末に国論を二分する争点と化してしまい、実施主体である内閣すら腰が引けてきた今回の国葬に感じられる収まりの悪さも、国家と宗教性の関係を一種「なあなあ」で済ませてきた戦後保守の弱点に起因していそうだ。

『正論』『Hanada』『WiLL』の保守系3誌はいずれも前月号に引き続いての安倍追悼特集。このうち複数誌の目次に名前が並ぶ有力政治家は、安倍の実弟で前防衛相の岸信夫、経済安保担当相の高市早苗、自民党政調会長の萩生田光一らで、保守論壇内の「ポスト安倍」が徐々に絞られつつあることを感じさせる。だが、2号連続で追悼特集が組まれ、追悼別冊まで相次ぎ出されるほど保守派から絶大な支持を受けた元首相のポジションを引き継ぐのは、誰にとっても難事となるだろう。

そうした安倍の特異な存在感について論じて興味深いのが、新潮社の会員制情報サイト『フォーサイト』の対談記事「民主主義に潜在する暴力と、安倍晋三という『妥協点』の喪失」(「論壇チャンネルことのは」での呉座勇一・河野有理の対談動画を再構成)。「妥協点」というのは、思想史家の河野いわく「安倍さんは右派の結節点であったと同時に、『反安倍』という一点で左派を結びつけたという部分がある」ゆえだ。戦後70年の首相談話や慰安婦問題をめぐる日韓合意といった、右派に一定の譲歩を強いる政治的達成は、右からの支持を失う心配がない安倍にしかなしえなかった。また左派も、安倍を「絶対悪」と位置付けて内輪で気勢を上げていればよく、奇妙に安定した政治状況が生まれていた。だが、今後はどうなるのか。河野は「その均衡が破れ、予測不可能な状況が出現する」との懸念を示す。

「安倍ロス」の動揺がいまだ続く保守陣営だが、対抗勢力もまた振るわない。そんな中で『中央公論』の特集は「非・保守という選択肢」。政治学者の宇野重規(しげき)と中北浩爾による対談「野党再生に足りないイズムと強さ」は、長く続いた保守と革新の対立軸が、いつの間にか保守とリベラルという本来は対立概念ではない組み合わせに変化した戦後政治史のねじれをクリアに整理する。

2人が一致するのは、立憲民主党の現状の厳しさだ。「政権を目指す野党第一党だから、いろいろな政策的品揃(しなぞろ)えをしなければなりませんが、魅力的な商品のないデパートのような状態になってしまっています。自民党に取って代わるにしては、外交・安全保障や経済といった売れ筋の品揃えが貧弱」(中北)。なぜ、そうなったのか。宇野は「今の野党支持者の重要な問題は、世代間の価値観の違い」だとして、憲法や安全保障の論点を最重要視する50歳以上と、格差や雇用など暮らしに関わる政策に注目する50歳未満には「かなりの断層」があり、立民は前者を重んじて後者を取りこぼしていることを指摘する。

左右両極のポピュリズムが急伸して中道政党が弱体化した欧州と比べれば、自民党が圧倒的に強かったここ10年ほどの日本は相対的に安定していたように思えるが、「ポピュリズムの燃料はかなり増えつつあるのに、着火する政治主体が登場していないだけかもしれません」(中北)。中北は「10年経てば、主要政党を底辺で支えている現在の60代や70代が退場し、今とは違う政治風景が広がるでしょう。ただし、政治は不安定化するはずで、とても心配です」とも述べる。今から10年後、停滞しつつも安定しているだけまだ良かった時期として、「安倍時代」は懐かしく思い出されるのかもしれない。(敬称略)

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