小林繁伝

左腕酷使のトラ、長嶋巨人に首位明けわたす 虎番疾風録其の四(96)

力投する阪神の山本和行=昭和51年、甲子園球場
力投する阪神の山本和行=昭和51年、甲子園球場

長嶋巨人がグイグイと首位阪神を追い詰めていく。5月11日からの甲子園3連戦、4―1で初戦に勝ち6連勝。ゲーム差なしの3厘4毛差に肉薄した。12日が雨で中止。そして13日の〝決戦〟を迎えた。スタンドは5万3千人の大観衆で膨れ上がった。

巨人の先発は新浦。阪神のマウンドにはここまで、2勝5Sとリリーフで獅子奮迅の活躍をみせている左腕の山本和が上がった。山本和にとって4月10日のヤクルト戦以来の先発だ。


◇5月13日 甲子園球場

巨人 102 130 200=9

阪神 000 020 001=3

(勝)新浦4勝2敗 〔敗〕山本和2勝1敗5S

(本)高田⑤(山本和)河埜③(山本和)田淵⑥(新浦)


巨人の勢いは山本和でも止められなかった。一回に王の中犠飛で先手を奪うと、三回には高田が5号2ラン。四回には河埜が3号を放って山本和をKO。五回には代わった谷村に淡口らが4安打を集中して3得点。9―3で快勝。5月3日の時点で最大「4・5」あったゲーム差をついにひっくり返したのである。

試合後の長嶋監督の口調も軽やか。

「今日のポイントは五回ですね。1死満塁で吉田に代打淡口を出した場面。実は迷ったんですよ。吉田はいいリードをしてましたからね。でも、攻める方としました」。その淡口が中前へ2点タイムリー。長嶋采配もさえわたった。

なぜ、阪神は敗れたのか―。サンケイスポーツの評論家・牧野茂の分析が興味深かった。

「山本の先発は巨人の左打線を封じ込める作戦。それ自体は間違っていない。ただ、ここまで10試合でリリーフで使っていた山本の先発は〝酷〟である。先発とリリーフとでは投球リズムも配球も違う。同じように投げろ―という方が無理である。それよりも不思議なのが、この年の阪神に左投手が山本一人しかいないという点だ。だから山本をリリーフに先発に―と酷使せざるを得ない。問題はこの辺にある」

昭和51年1月、阪神は江夏の南海への放出を決めた。このとき左腕が山本和だけになることは当然、分かっていた。それなら、交換要員で左腕投手を求めるとか、外国人投手を獲得するとか、もっと必死になって補強すべきだった。牧野は「球団の怠慢」と指摘したのである。(敬称略)

■小林繁伝97

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