朝晴れエッセー

5歳の兄ちゃん・9月22日

先日、鹿児島の姉からラインで写真が届いた。聞くと、なんとそれは七十数年前のセピア色の家族写真だ。2歳の私は20代の若い母の膝に抱かれて椅子に座り、両隣に5歳の兄(あん)ちゃんと4歳の姉が立っている。母は白いブラウスに花柄のスカート、兄ちゃんは白いシャツに半ズボン、姉と私は白い襟の花模様のワンピース姿だ。戦後2年余りの貧しい頃にこんなにおしゃれして、しかも写真館で撮った家族写真だ。

幼い頃にこの写真を見た記憶はあったが、歳月が流れその存在すら忘れていたときに届いた写真。古い写真を整理していたという姉からの送信だ。この写真撮影の後に妹が3人生まれ、私たちは5人姉妹になったが、後にも先にも家族写真はこれ1枚だ。

兄ちゃんとの思い出は魚釣りやセミ取りに行ったことだ。妹思いの優しい兄ちゃんだった。だが、その兄ちゃんは小学4年生のときに病気で死んでしまった。6歳の私は病気を理解することはできなかったと思うが、秋頃から体調を崩し、正月を過ぎるとどんどん弱っていった兄ちゃん。往診の先生との話で涙を流していた母の姿が浮かぶ。

「母ちゃん、ぼくなおるの」「大丈夫だよ、よくなるよ」。何回か聞いた会話。でもみんなの願いは届かなかった。冷たいみぞれの降る寒い冬の朝、兄ちゃんは旅立った。わずか10歳で天国にいった小さな命。まだ1年生の私はその重大さをどう受け止めたのか定かではない。

スマホの中の写真を指で広げ5歳の兄ちゃんに呼びかける。どっと涙があふれた。

蔵屋恵美子(76) 東京都足立区

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