ビブリオエッセー

ひとつの海へ還っていくように 「波」ヴァージニア・ウルフ著 森山恵訳(早川書房)

どうして友人は他人なのに大切にするのだろう。そんな疑問を抱えていたとき読んだのが20世紀英文学の名作『波』だった。帯に「45年ぶりの新訳」とある。以前にウルフの『オーランドー』や『ダロウェイ夫人』を読んでいたが、『波』が難解で知られる女性作家のとりわけ難しい小説と知ったのは読み始めた後だった。

幼馴染のバーナード、ネヴィル、ルイ、スーザン、ジニー、ロウダの男3人、女3人による詩情豊かなモノローグ(独白)で物語は進む。語られるのは少年/少女期から老年期まで。

あらすじをどう説明すればいいのか。6人が何者かも明確には書かれていない。それぞれの独白から得たなんとなくの情報を頼りに、終盤へたどり着くまでなんだか漂流しているような心もとない気持ちでページをめくっていた。

最後の独白は老年期を迎えたバーナード。印象的な語りだ。「『私の人生』と呼ぶものを打ち明けようとするとき、私が顧みるのは、ひとつの人生ではないのですよ。おれはひとりの人間ではない、多くの人間だ。自分が何者なのかすらまるでわからない――おれはジニーであり、スーザン、ネヴィル、ロウダ、あるいはルイでもある」

私の人生は私一人のものとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。しかも一人の人間の中に男と女が住んでいる。本作は独白の合間に海などの自然描写がはさまれているが浜辺に寄せる波がひとつの海へ還っていくように、私の人生もともに過ごした友人たちの人生と同化していく。そんな風に読んだ。

実は先日、友人を見限るような出来事があった。本作に沿うなら友人を見限るとは自分の人生の一部を削り取ることだったかもしれない。悲しい記憶がよみがえった。

京都市下京区 夏迫杏(29)

投稿はペンネーム可。650字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

会員限定記事会員サービス詳細