話の肖像画

アルピニスト・野口健<20> 石原慎太郎さんとセンカクモグラ

東京都レンジャーの発足式で石原慎太郎都知事(当時、右)と (野口健事務所提供)
東京都レンジャーの発足式で石原慎太郎都知事(当時、右)と (野口健事務所提供)

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《年上の大先輩でも、すぐに懐に入って心をつかんでしまうのが得意。今年2月、89歳で亡くなった作家の石原慎太郎さんもそのひとりだった》

「野口さんは冒険家だから島に上陸できますよね。状況次第では尖閣(諸島)に上陸してもらいたい」。こんな電話が突然、かかってきたのは平成24年4月、当時東京都知事だった石原さんが都による尖閣諸島の購入計画を発表した直後のこと。電話の相手は秘書でした。

僕は22年10月、尖閣諸島の固有種である「センカクモグラ」を守る会を立ち上げていました。尖閣には他にも15種ほど固有種が確認されており、大半が絶滅危惧種に指定されている。会は環境省に対して、生態系調査を目的とした上陸許可の要望書を提出(却下)。「政治」ではなく「環境問題」から膠着(こうちゃく)状態にある尖閣問題に突破口を開きたい気持ちでした。

もし、都による島の購入が実現すれば、その計画が実現するかもしれない…そう心が躍りました。石原都知事は購入のための寄付金を募り、約15億円が集まりましたが、慌てふためいた国が購入してしまったために、僕の上陸やセンカクモグラの生態調査も頓挫。そのお金はいまも宙に浮いたままです。

《平成16年に自治体として初めて発足した「東京都レンジャー」(環境保護のための専門委員)制度も〝2人の合作〟と呼べるものだった》

レンジャーは当時、日本にほとんどいませんでした。国(環境省)に増員を呼びかけても動かない。「それなら東京都で」と、石原さんと東北の白神山地へ行く機会があったので、夜にバーで飲んだ際、「(石原さんは)『東京から国を変える』と言ってたじゃないですか、レンジャー制度をつくりませんか」と懸命に訴えかけました。

そのときは「うるさいっ!」と一喝されて終わり…かと思ったら翌日の記者会見で石原さんがいきなり「東京都はレンジャー制度を作ることになりました。(名誉)隊長は野口健。後は彼に聞いてくれ」と発表しちゃったんです(苦笑)。今度は僕がビックリ。かくして、小笠原諸島や多摩地域に都のレンジャーが赴任することになったのです。

《思えば、石原さんはいつも「いきなり」だった》

「新党をつくる。そこから出馬してくれないか? すぐに来い!」

「台湾へ飛んでくれ。(最高峰の)玉山(ユイシャン)(標高3952メートル)の清掃をやってもらいたい」

選挙出馬の話は断りましたが、玉山の清掃登山には2回も行くことに。秘書に聞くと、石原さんが台湾の李登輝総統(当時)との会談の中で『日本には山を清掃するスペシャリストがいるので派遣する』と話してしまったそうです。即断即決、行動力がある石原さんらしいといえば、らしい話です。

《「センカクモグラ」の方はその後、目立った動きはない。自民党は野党時代に議連をつくってサポートしようとしたが、与党に戻ると〝音沙汰なし〟》

(尖閣問題は)手詰まりですね。ただ、都が購入資金として集めたお金をどうするのか? これは「尖閣のために」使わねばなりません。ヘリポートをつくるとかね。国と都で早急に協議すべきだと思います。

それにしても、もしも都が購入し、石原さんから「尖閣諸島に上陸せよ」と指示されれば、迷うことなく実行に移したでしょうね。

「エベレストで死ぬな。君にはまだこの国のために命を懸けてもらわねばならない」と掛けられた言葉がいまだに頭に残っています。(聞き手 喜多由浩)

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