ビブリオエッセー

老いを生きる心得帳 「寄り添って老後」沢村貞子(中公文庫)

「昭和の名脇役」として知られた著者はお茶の間でも親しまれた大女優。最近では料理番組の原作『わたしの献立日記』の著者としてもおなじみだろう。名エッセイストとして数々の著書を残した。

その一冊がこのエッセー集だ。書評欄で「3度目の文庫化」と紹介されていたのを読み、私も本棚から古い文庫を引き出した。奥付に平成6年の発行とある新潮文庫だ。その後、ちくま文庫になり、今年は中公文庫から刊行された。名著はバトンリレーのように読み継がれる。

『寄り添って―』は夫との老後をユーモラスに描く。齢を重ねて思うように身体が動かず、所作に納得がいかなくなるとすっぱり「女優業の店じまい」。著者81歳の決断だった。

住み慣れた家があり引っ越しは大嫌いと言いつつ、夫の「海の見えるようなところへ引っ越したいなあ」というひとことを一日一晩考えて「引っ越しましょう」と賛成する。初めて読んだ20代の私は鮮やかな潔さに憧れた。

しかし今は読み方も変わった。例えば夢の中ではあるが著者が共演者に意地悪なふるまいをし、「しばらくは胸の動悸が静まらない」ほど恥じる場面。棄てられるものたちの行方に心を痛め、悩み、迷いためらう姿に心惹かれる。

互いに80代の夫婦。「これからはせいぜい外食しましょうよ」と話し、あちこち出かけてはみたものの結局、「食べやすいように、薄く切って柔らかく煮こんだ」手料理を夫の顔を見ながら食べる。こんな日常こそ自分の大切な「張り合い」だという著者は粋でまぶしい。

夫婦間だけでなく衰えてくる自分の身体に、ままならない世の中に、寄り添う。この一冊はそんな著者のたしなみの極意があふれている。

岐阜市 山田佳美(51)

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