記者がみてきた英女王 「和解の象徴」失った英国も正念場

7月、新しく建てられたホスピスを訪れた英国のエリザベス女王=英南部メイデンヘッド(AP=共同)
7月、新しく建てられたホスピスを訪れた英国のエリザベス女王=英南部メイデンヘッド(AP=共同)

エリザベス女王は英国の欧州連合(EU)離脱や新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)など激動の時代を歩み、おりおりの難局では融和と団結を呼びかけてきた。「和解の象徴」だった女王を失った英国が、国内の結束はもとより民主主義国家の柱として、権威主義国家の脅威に対抗する役割を引き続き果たせるか否かが問われている。

女王が8日に死去して1週間余りがたった16日夕。女王のひつぎが安置されている英議会議事堂ホールに入り、一般弔問に訪れる市民の様子を見た。弔問者は王室の旗がかけられたひつぎの前で手を合わせたり、敬礼したりして女王に敬意を示した。涙を流しながらひつぎを見守る人や泣き崩れる家族を支える人の姿が目立った。

「即位したときから女王を見守ってきた。彼女は私の人生の一部だ」。弔問に訪れた女性(101)は目に涙をためて語った。

弔問に訪れる市民の列は途絶えず、一時は待ち時間が24時間を超えた。朝晩の冷え込みが厳しくなる中、人々は寒さに耐えながら励まし合い、女王との最後の別れの時を待った。政府は弔問希望者の「忍耐と不屈の精神」を称賛し、各所に救護所や簡易式トイレを設置するなど列に並ぶ市民らを支えた。

女王の死により国民と政府は一体となった。女王が死去する直前、英国では物価高騰を受け、賃上げを求める鉄道ストライキが起こるなど国内が混乱。ストに反発する政府と生活苦に悩む市民が対立を深めたが、女王に哀悼の意を示すためにストは停止。融和ムードが広がっている。

2019年3月末に英国に赴任した当初、国内は16年の国民投票により僅差で決まったEU離脱をめぐり世論が分裂。女王は19年12月のクリスマスメッセージで「調和と(互いへの)理解」を国民に求めた。

翌年以降の新型コロナ感染拡大時にも国内の調和に心血を注いだ。ワクチン接種を拒む国民が続出する中、女王は接種を公表。接種は「全然痛くない」と述べ恐怖感を和らげた。女王の公表後、接種への抵抗をやめた市民もいたと聞く。

女王は海外でも「分断修復」のシンボルとして尽力した。1965年には西ドイツ(当時)を訪れ、大戦後の英独和解を促した。英連邦諸国の歴訪では植民地時代の確執も克服した。EUのミシェル大統領は女王を「国家間の懸け橋」とたたえる。

しかし、女王がこの世を去ったことでその団結にほころびが生じつつある。英君主を国家元首とする「英連邦王国」の加盟国であるカリブ海の島国、アンティグア・バーブーダが女王の死後、君主制を廃止し、共和制に移行するかを問う国民投票を実施すると発表した。民主主義や表現の自由という価値観を共有する英連邦諸国の結束が揺らげば権威主義国家がそこに入り込む懸念が生じる。実際、昨年共和制に移行したカリブ海の島国、バルバドスに対し、中国が投資など関係強化を進めているとの情報もある。

英王室は女王の国葬にウクライナ侵略を続けるロシアなどを招待せず、英議会も一時、中国政府の代表団による女王のひつぎの弔問を拒絶したと伝えられる。 世界が民主主義国と権威主義国とで分断される中、新たな首相と国家元首を迎えた英国が女王の意思を継ぎ、国内外で結束を固められるか各国は注視している。(ロンドン支局長 板東和正)

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