書評

『此の世の果ての殺人』荒木あかね著 極限下、極上の人間ドラマ

ディザスター(災害)の語源は「悪い星回り」だという説がある。江戸川乱歩賞を史上最年少23歳7カ月で受賞した、荒木あかねの『此(こ)の世の果ての殺人』はまさにそれだ。2023年3月7日、小惑星が熊本県阿蘇郡に衝突し人類は滅亡する─回避不能な大災害がおよそ2カ月後に迫る世界を舞台にした、異色の本格ミステリーである。

ゴーストタウンと化した福岡県太宰府市で、23歳の小春は実家近くの自動車学校に通っていた。最後に小さな夢をかなえるためには、自動車の運転ができなければならなかったからだ。唯一の生徒となった小春に付き合っているのが教官のイサガワ先生だ。こんな時でも運転のレッスンに励む2人の様子は、どこかのんびりしていて面白い。

しかし、教習車のトランクから女性の刺殺体を見つけてしまったことで状況が変わる。元警察官のイサガワ先生は、機能不全に陥っている警察に代わり犯人探しを買って出る。教習車の助手席に、小春を乗せて。

2人が発見した死体は、近隣地区で発生している連続殺人事件の被害者と思われた。犯人探しのミステリーとして開幕した物語は、被害者たちの足跡を辿(たど)るロードノベルへと変貌する。探偵&助手コンビの足となる教習車は、後部座席が空いている。ならばあと2人、詰めれば3人は乗せられる。人数が多い方が旅路は(小説は)絶対楽しくなる…という選択をできるところが、この書き手がエンターテイナーである証しだ。インフラの大部分が供給停止となり、スマートフォンの電波も通じなくなった終末世界の生活のディテールを、おろそかにしない筆致も頼もしい。極限状況下で人は利己的で野蛮になるか、それとも利他的で思いやりのある言動を取るか。人間性の本質にまつわる議論も、本作の魅力だ。

謎解き後に現れるラストの光景を前にして、イサガワ先生がある場面で口にした「長く生きるのが幸せとは限らないよ」というセリフが脳裏をよぎった。主人公たちにとって、この災害は「悪い星回り」と言い切れるものではなかったのかもしれない。人は誰もが、余命を生きている。その悲しさを温かく包み込んでくれる、本格ミステリーにして極上の人間ドラマだ。(講談社・1815円)

評・吉田大助(書評家)

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