話の肖像画

アルピニスト・野口健<15> 「次の挑戦は?」に口をついて出た「清掃登山」

エベレストの清掃登山で集めた酸素ボンベの山(野口健事務所提供)
エベレストの清掃登山で集めた酸素ボンベの山(野口健事務所提供)

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《1999(平成11)年、3度目のチャレンジで世界最高峰、エベレスト(標高8848メートル)登頂に成功し、25歳で世界7大陸最高峰登頂の最年少世界記録保持者となった。帰国し、母校・亜細亜大での記者会見。「次はどんな挑戦を?」と聞かれて、思わず「エベレストの清掃登山」と答えていた》


最初のエベレスト挑戦(97年)で参加した国際公募隊のニュージーランド人の隊長が環境問題に意識が高い人でした。ベースキャンプで、彼は「明日はゴミをみんなで拾うぞ」と。僕の体調は最悪。やっと明日は休める、と思っていたときに「ゴミを拾う? それも自分たちのゴミじゃなくて他の隊が残したゴミを?」。正直カンベンしてくれよ、と思っていたら、他の外国人のメンバーはみんなが「いいな、やろうぜ」。僕も同意するほかありません。

そのとき隊長はこう言った。「エベレストをマウント・フジ(富士山)にしちゃいけない。日本は経済は一流だけど、(ゴミの)マナーは三流だからな」って。ショックでした。富士山には雪と氷に覆われた冬にしかいったことがない。それほど「ゴミだらけ」とは思いもしなかったのです。


《エベレストに残されたゴミは雑多だった。高山の登山には欠かせない使用済みの酸素ボンベ。レトルト食品の袋や空き缶、医療器具、登山者の排泄(はいせつ)物まで。当時、国別でいうなら日本、韓国、中国などアジアの隊が残したゴミが目立った》


最初に見つけたのが韓国隊が残した大量のゴミ。中には使用済みのコンドームまであった。「こりゃあひどいな」とつぶやくと、シェルパが気まずそうに僕を引き寄せ、「ケン、これを見てみろよ」。日本隊が残したゴミも同じくらいひどかったのです。

そのことが頭からずっと離れなかった。だから、帰国後の記者会見で思わず「清掃登山をやる」と言ってしまいました。


《エベレストの清掃登山は2000年から4年連続実施。計8トン近くものゴミをおろしたが、思いがけないところから反発の声が上がる。日本の山岳会関係者であった》


当時の山岳会は、強烈なタテ社会で体育会系、まだ大学生の僕がエベレストに登ったこと自体が面白くない。その上、日本隊の行為(ゴミの放置)を「暴露」しているかのようにとられたのです。先輩方からは強烈なお叱りを受けましたよ。

抑えてくれたのが、登山家であり、エベレスト遠征の経験もある橋本龍太郎さん(元首相)でした。「野口がやっていることを応援しろとは言わないが、邪魔はするな」。自身の隊が残してきた酸素ボンベのことも虚実まじった記事で叩(たた)かれたが、橋本さんは平気。「いいんだ。オレが叩かれれば次に行く隊はゴミを捨てられないだろ」って、すごい人ですよ。


《もうひとつ意外な「反発」が。カースト制が根強いネパールのシェルパだった》


彼らの社会には「カースト」があり、「シェルパのカーストはゴミは拾わない」というのです。特に排泄物をおろすことはガンとして拒否。仕方なく、隊長である僕が毎日、何キロもの排泄物を背負っておろした。その臭いがすさまじく、着ていた服は二度と着られないほど。僕の姿を見てシェルパたちもしぶしぶ手伝ってくれるようになったのです。

清掃登山は、登山家にはつらいことも多い。高い入山料を払って8000メートルの高さに登りながら、ピークは目指せない。高山病のリスクも大きい。だけど、エベレストの成果は自信になった。次は富士山です。(聞き手 喜多由浩)

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