「原子力人材」育て60年 2つの「日本一」もある近畿大の原子炉 

近大の原子炉「UTR-KINKI」=大阪府東大阪市(西川博明撮影)
近大の原子炉「UTR-KINKI」=大阪府東大阪市(西川博明撮影)

東日本大震災(平成23年)に伴う東京電力福島第1原発事故の影響で逆風が続いてきた原子力事業。ただ、資源が少ない日本のエネルギー事情から今後も活用が欠かせない中、関西には人材を育成する教育現場が存在する。運用開始から60年が過ぎた近畿大の原子炉だ。国内初の民間・大学原子炉として導入、他大学の学生にも開放しこれまで学内外の約7500人が実習を積んだ。エネルギー技術の未来を担う人材の育成を続けている。

熱出力は1ワット

近大の東大阪キャンパス(大阪府東大阪市)の一角に建つ「近畿大学原子力研究所」。近大が誇る原子炉「UTR-KINKI」をもつ施設だ。

7月、厳重なセキュリティーチェックを通過し、放射線の被ばく量を測定する線量計を携帯して研究所内に足を踏み入れた。

原子炉は米アメリカン・スタンダード社製の教育訓練用。61年前の昭和36年11月、臨界に達し、運用が始まった。高さ約2メートル、直径約4メートルの円柱状だ。

ガラス窓を隔てた隣室では教員の指導を受けながら、将来は原子力業界を志す学生らが原子炉の制御盤を操作、体験していた。研究所の若林源一郎教授は、原子炉の運転を「シミュレーターで学ぶこともできるが、実際に動かすことは大きな経験になる」と意義を強調する。

教育や研究用の近大原子炉は、原子力発電所の原子炉と異なる点が多い。

運転中でも、防護服などを着用せずに炉室内に立ち入りができる。原子炉で発生する熱エネルギーである熱出力は1ワットと「豆電球と同程度」(近大)。そのため、放出する放射線量は通常の原発に比べ約30億分の1と極めて小さいためだ。国内で最も出力の低い原子炉でもある。

 近大原子炉「UTR-KINKI」の上部。中央部分から「燃料要素」を入れる=大阪府東大阪市(西川博明撮影)
近大原子炉「UTR-KINKI」の上部。中央部分から「燃料要素」を入れる=大阪府東大阪市(西川博明撮影)

福島第1原発事故で十分機能せず問題となった冷却装置も必要ない。燃料源のウランもアルミニウム合金で加工され、ウランの消費量も微量。放射性廃棄物がほとんど発生しないとしている。

2億円の経費

「安全性」が高い近大の原子炉。教職員らの人件費を除いても年間約2億円の経費がかかるという。近大にとっては収益性のない〝お荷物施設〟との見方もあるが、保有を続ける理由がある。

《日本のエネルギー問題はやがて大きな壁に直面する。国がやらないなら、近大で原子炉をつくる。専門技術者を育ててみせる》

原子力の平和利用が広がり始めた昭和34年5月、東京・晴海の見本市で米国製原子炉「UTR」を視察した近大初代総長で国務大臣なども歴任した世耕弘一はこんな思いで、導入を決めたという。その志が受け継がれているためだ。

 原子炉を動かす実習を受ける学生ら=大阪府東大阪市(西川博明撮影)
原子炉を動かす実習を受ける学生ら=大阪府東大阪市(西川博明撮影)

実際、多くの人材を育成してきた。近大生の実習参加者数は延べ約3700人。これに加え、学内に原子炉がない他大学から延べ約3800人を受け入れ、実習の場を提供している。

企業や研究機関にも開放し、医薬品や化学品などの研究開発に使われている。また、近年、中学理科で放射線を教えるようになったことから、教職員らを受け入れ原子力を解説する研修も行っている。

福島第1原発事故後に定められた「新規制基準」に合格し、運用を続けているが、老朽化が進み、今後の事業継続の課題でもある。若林教授は「政府の原子力規制委員会から事業計画が認められる限り、運用を続けたい」と語る。

震災後から減

「脱・原発」世論の強まりや原発の再稼働が進まないなか、原子力業界はこの10年ほど「逆風」が吹き続けてきた。

内閣府原子力政策担当室のまとめによると、国内の大学(大学院含む)の原子力関連学科・専攻への入学者数は東日本大震災までは増加傾向にあり、平成22年度は317人とこの10年ほどでピークに。ただ震災後の24年度は269人に減り、その後減少傾向が続く。原子力分野の専門知識を生かせる就職先も減り「学んだ知識とは無関係の就職先を選ぶ学生らが増えているとの指摘もある」(同室)という。

一方で、近年は地球温暖化防止のための「脱・炭素」から、運転中に二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンエネルギーとして原子力が見直されつつある。ロシアによるウクライナへの侵攻はエネルギーの安定調達の重要性を裏付けた。岸田文雄首相は8月、原発の新増設や稼働期間延長、次世代原子炉の開発などの検討を進めていく方針を示し、これまでよりも原発の活用に踏み込んだ発言を行った。

「原子力施設を新設するにも、廃止するにも、原子力を知る技術者が必要。養成を続ける必要がある」

こう力説するのは、近大原子力研究所の山西弘城(ひろくに)所長。「脱・原発」の機運が盛り上がると、研究所周辺でも反対運動が起こることがあったといい「一般の方々に、原子力や放射線に偏見なく理解していただくこともますます必要」と語る。人材育成を通し、原子力への理解を進めていく考えだ。(西川博明)

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