学芸万華鏡

「生き方に正解はない」 夏休み明け子供のSOS 不登校・ひきこもりの経験談が本に

不登校やひきこもりの当事者らの経験談には、子供の命を守るヒントが詰まっている
不登校やひきこもりの当事者らの経験談には、子供の命を守るヒントが詰まっている

学校がつらい子供たちにとって夏休み明けは大きなプレッシャーがかかる時期だ。最近では、不登校やひきこもりの当事者らの経験談が出版されるようになった。孤独感やつらい気持ちからどう抜け出していったのか。苦しみ葛藤した末に、自分らしい生き方を見つけた人たちの歩みには、子供の命を守るヒントが詰まっている。

現状肯定で次が開ける

お笑い芸人のキンタロー。さんら著名人のほか、不登校の子供の母親などの経験を漫画化したのが『マンガで読む 学校に行きたくない君へ』(ポプラ社)だ。著者で漫画家の棚園正一さんも、不登校の経験者だ。

漫画に登場するのは、演出家の宮本亞門さん、お笑い芸人の山田ルイ53世さん、作家の町田そのこさんら16人。いじめや人間関係、教師の叱責…。学校に行けなくなるきっかけは、人それぞれだ。棚園さんは「原因はいろいろあるからこそ、不登校に正解や特効薬はないと思いながら描き進めていました」と語る。

小学校のときいじめにあっていた町田さんは自分が我慢すればいいと思っていたが、気持ちを整理するために綴った作文を親が見つけたことがきっかけでいじめが解決。悲しんでくれた親の姿を見て、「(自分は)大事にされていい」と思えるようになった。

「学校へ行けない人はこの先どうやって生きていけばいいのでしょう?」-。NPO法人が発行する不登校新聞の石井志昂さんは、取材相手に自分の疑問をぶつけ続けた。返答は人によっていろいろだった。だからこそ、「生き方に正解はない」ことに気づき、自分が抱えてきた悩みや葛藤は大きな財産だと思うようになったという。

棚園さんは、「つらい時には、この本に出てくる人たちの経験は特別なもので自分とは違うと思ってしまうかもしれません。でも、心が回復してきた時に手に取ってもらえたら、自分の道は閉ざされているのではなく、広がっているのだと感じてもらえると思っています」。

「不登校に悩んだ時期があった」という共通項はあれど、その後の出会いも、現在就いている職業もさまざまだ。棚園さんは「取材させていただいた皆さん、『こうじゃなきゃいけない』と過ごすよりも、『今を楽しもう』と現状を肯定できたときに、次の道が開けている印象です」。

学校に行けないからといって、未来が閉ざされているわけではないことを教えてくれる作品だ。

模索した20年

優等生だった少女が、高校進学後に不登校になり、ひきこもりになる-。昨年出版されたのが『ひきこもりの真実』(ちくま新書)だ。著者は、ひきこもりUX会議代表理事の林恭子さん。

林さんは高校進学後、学校に息苦しさを感じるようになり、2年生から不登校に。その後、断続的にひきこもり、回復におそよ20年の月日がかかった。家族との衝突、アルバイト、自分以外のひきこもりの人との交流、信頼できる精神科医に出会うまでの苦難…。自らの生きづらさの根本を、「学校や社会に対する違和感」と「母との関係」と見つめ、生きる力を取り戻していく過程は静かな迫力に満ちている。

家族にどうしてほしかったのか、など率直な思いも吐露。「ひきこもること自体は悪いことではなく、むしろときには必要なことだと思っているが、意思に反してあまりに長引くと、それ自体が傷になる」と冷静に振り返っているのが印象的だ。今まで光が当てられてこなかった、性的少数者や女性のひきこもりなどの実態にも触れ、画一的な支援の問題点も指摘する。

林さんは、「ひきこもりの実態を知ってほしいと思って執筆しました。不登校もひきこもりも、甘えているとか、働けるのに怠けているというイメージがあります。でも、追い詰められた結果が、不登校やひきこもり。当事者の目線に立った支援が必要」と訴える。

父親目線でロジカルに

子供の不登校をめぐっては、母親と父親の意見が食い違うことも少なくない。父親に向けて出版されたのが『「とりあえずビール。」で、不登校を解決する』(蓑田雅之著、びーんずネット)だ。

ユニークなタイトルには、「後のことはいろいろ心配もあるけれど、いまはいったん態度を保留して、不登校を認めよう」と、まずは現状の子供を受け入れてほしい、という願いが込められている。

父親を、客観的に物事をみられる存在と指摘。不登校の解決のために、「子供の自己肯定感を下げない」ことを重視し、どんな選択が損なのか得なのかという切り口で語っていくのが新鮮だ。その上で、「将来組織の中でうまくやっていけるのか」「ストレス耐性はつくのか」といった、父親が不安に思いがちな点をロジカルに解説する。

書店での流通はなく、発行元のびーんずネットのホームページで販売しているが、反響は大きく、母親が父親に渡すために購入するケースも多いという。

びーんずネットは、金子あかねさん(52)、純一さん(50)夫婦による市民団体。不登校の子供の親が学ぶための活動をしてきた。金子さん夫婦も長男の不登校に悩んできたことから、不登校経験者へのインタビュー事例集なども出版してきた。

あかねさんは「子供が学校に行かなくなった当時は、情報がなく孤独感が募りました。不登校の子供たちのその後を知ることで励まされたり、同じ立場の保護者の方と話すことで、自分は間違っていないんだな、と思えて安心できたこともあります。私たちが聞いたお話をより多くの人に届けたいと感じて、本として出版するようになりました」と明かす。

紙の本ならではのメリットも大きいという。「インターネットにも有益な情報がありますが、紙の本にすることで、手渡して読んでもらいやすい。食卓の上に置いておくなど、相手のタイミングに任せることもできる」と話している。

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