のれんを守る

テンヨ武田(甲府市)戦国武将ゆかりのしょうゆ

主力商品のビミサンとしょうゆを持つテンヨ武田の武田信彦社長=山梨県中央市(平尾孝撮影)
主力商品のビミサンとしょうゆを持つテンヨ武田の武田信彦社長=山梨県中央市(平尾孝撮影)

明治5(1872)年に甲府市で創業したテンヨ武田は、今年7月に150周年を迎えたしょうゆ会社だ。昭和39年からは、だしつゆを手掛け、主力商品の「ビミサン」は甲信越、静岡、北海道などでも好評を得ている。

同社は戦国武将、武田信玄公との関係が深い。創業一族は信玄公の父、信虎の末裔(まつえい)だ。駿河・今川家の客分だった信虎は、桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討たれたため、京に逃れる。信虎は途中、信玄公に諸国の内情を伝えるべく、街道の拠点に一族を残した。このうち、滋賀県甲賀市水口町にある武田山長敬寺に残った一族が、明治維新直前に「先祖の地で一旗揚げよう」と甲斐に戻り、武田善兵衛がしょうゆ醸造業を興した。

社名の「テンヨ」も、戦国時代、敵の上杉謙信から塩を送られた信玄公が、「天から与えられた天与の塩」として、領民に分け与えたことにちなむ。

近代的なビルに建て替わったが、今も創業の地にあるテンヨ武田の本社ビル=甲府市幸町(平尾孝撮影)
近代的なビルに建て替わったが、今も創業の地にあるテンヨ武田の本社ビル=甲府市幸町(平尾孝撮影)

武田信彦社長(77)は「他県のしょうゆ醸造では江戸時代から続くものもあり、うちはまだ新参者。いろいろな幸運もあった」という。昭和20年の甲府大空襲の際、建物は焼失したが、「地下の貯蔵庫に置いていたもろみは無事で、終戦後すぐに事業を再開できた」という。

ビミサンは、もともとはそばつゆ用の商品。長野県のある地方で売れ行きが好調だったため、調べてみると野沢菜をつける際に使われていることが分かった。そこから、「地域に応じてさまざまな料理用のだしつゆとして提案する」方針に変えた。その後も甘みのある白だしを発売し、東北地方で人気を得た。

武田社長は「その地域にあった商品をじっくり作っていくことが、長続きの理由」と話し、徐々にエリアを広げていく考えだ。(平尾孝)=(のれんを守る、おわり)

テンヨ武田へのアクセス
テンヨ武田へのアクセス

テンヨ武田】 明治5年創業。しょうゆ、だしつゆなどを手掛け、最近では「甲州飲むお酢グレープ」など飲む果実酢などが人気商品。甲府市幸町9の22。【問】055・235・1141。ホームページはwww.tenyo-takeda.co.jp/

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