晩夏の矢野采配と2カ月前の株主やファンへの約束に「整合性」を見いだすのは苦しい限りです。阪神は夏の長期ロードを10勝14敗で終え121試合消化時点で58勝61敗2分けの3位。もはや逆転優勝の可能性はほとんど消えうせ、クライマックスシリーズ進出が残り22試合の目標となりましたが、ここに来て気になるのは「佐藤輝二塁・大山右翼」という奇手を用いた矢野燿大監督(53)の選手起用です。6月15日の阪急阪神ホールディングスの定時株主総会後の球団首脳の会見では「外国人に頼らず、育成中心で骨太なチーム作り」を株主に約束していたはず。ならばチームの軸2人の守備位置をコロコロと代える采配は球団方針と合致していません。2カ月前の意気込みは早くも雲散霧消…なのでしょうか。
3位死守でCS出場へ
夏の長期ロードが終わりました。高校野球の夏の甲子園大会が開催される期間に本拠地を離れ、各地を転戦する恒例のロード。現在は京セラドームで2カード6試合を行うことが定着したので、地元には2度も帰ってきます。なので、昔の長期ロードよりも選手達の心身の負担は軽減されたのではないでしょうか。
われわれが虎番記者だった頃は24泊25日とか、平気で長期出張に出ていました。東京ドーム→広島→神宮→札幌→横浜→ナゴヤ…なんて感じでしたかね。洗濯物がたまるので、出張先のどこにコインランドリーがあるかチェックし、ロード期間中は2度か3度、洗濯をしていた記憶があります。
そして、夏のロードが終わると決まってストーブリーグのゴング! 球場に行くよりも本社や球団首脳の自宅に夜討ち朝駆けで取材に行き、人事ニュースを狙っていました。何だか懐かしいし、過ぎ去った日々を思い出すと寂しさがこみ上げてきます。あの頃は若かったし、無鉄砲でした。
さあ、そんな昔話は横に置いといて、今年の長期ロードの総括を書いていこうと思います。成績は10勝14敗。貯金1でロードに出発し、終わってみると借金3でした。121試合消化して58勝61敗2分け。残り22試合で首位・ヤクルトとは12ゲーム差。もうこれは逆転優勝の可能性はほとんどない。3位を死守してクライマックスシリーズのファーストステージ進出が現実的な目標となりました。
看板選手はポジション固定を
今季限りで退任を表明している矢野監督とすれば、就任4年目の集大成を見せなければならない状況でもあります。今季も3位以内で終わるならば、2019年の監督1年目から4季連続でAクラス。以前にも書きましたが、阪神監督を複数年担い、全てのシーズンがAクラスという監督はそうはいません。勝ち切れなかったが、安定した成績を残した…と評価すべきなのでしょうか。
そんな矢野采配をここでは厳しく批評しなければなりません。それは8月26日の中日戦(バンテリンドーム)で見せた選手起用についてです。相手先発が左腕エース大野雄だったからか大山を2年ぶりに右翼で起用。陽川を一塁に入れました。さらに試合終盤には佐藤輝を三塁から二塁に回したのです。
長期ロード中、阪神打線は左腕投手を打ち崩せず、この試合に負けると対左腕投手10連敗でした。なので矢野監督は「左で点取れないんで、何かそういう方法はないかなっていうところで。ずっと一緒でやっても変わってこないんで」と説明していました。結局、2対5で敗れ、対左腕10連敗を喫した試合後、「むちゃくちゃはできへんけど…。点取らないかん。追いつかないかんというところでは、それもオプションの中でやっていく時もあるのかな…と思うけど。それがたまたま今日やった」と言葉を絞り出していました。
ひとつでも多く勝ち、ヤクルトに肉薄したい気持ちはよく分かります。3位争いも熾烈(しれつ)を極めていますから、目の前の一戦を総力で獲りにいく気持ちは痛いほど感じます。しかし、ちょっと視界を広げてみると首をひねらざるを得ない出来事と出くわすのです。あれは2カ月ほど前の6月15日でした。阪急阪神ホールディングスの定時株主総会が行われ、総会後に取材に応じた阪神の球団首脳は「外国人に頼らず、育成中心で骨太なチームを作り上げる」というチームの方針を語っていたはずです。
「ようやくチームとして顔となる選手、軸となる選手が投打ともにドラフト上位の選手が名を連ねてくれるようになりましたので、そこは継承していきたい。そうならないと本当の強さは出てこない。交流戦の最後は3番(近本)、4番(佐藤輝)、5番(大山)が全部ドラ1。25年間でたぶん初めて」と話していたのは谷本修取締役オーナー代行(57)=阪神電鉄取締役スポーツ・エンタテイメント事業本部長=でした。
チームの今後の強化方針は「ドラフト指名で獲得した生え抜きの選手の育成を中心とする」と力強く語っていたはずです。まさに球団がファンや株主に約束したチーム作りの「骨格」こそが、佐藤輝であり、大山の成長であるはずです。
ところが、そのチームの骨格を担うはずの佐藤輝や大山の守備位置を目先の勝利優先のためにコロコロと代える。百歩譲って、さまざまなポジションを経験することが彼らの成長の糧になる…と説明されたとしても、大方のファンや株主はそんな説明に納得するでしょうか。佐藤輝や大山、近本らタイガースの看板選手にならなければいけない選手達はポジションを固定し、そこで切磋琢磨(せっさたくま)して大きく成長することが望まれるのではないですか。それが本筋だと思いますよね。
阪神タイガースは「選手起用は一軍監督の専権事項である」という球団の決め事があります。なので、勝利至上主義の中で指揮官が選手の起用法を決めるのは仕方がないことなのかもしれません。しかし、わずか2カ月前に球団首脳がファンや株主と約束した骨太の方針がもろくも崩れていくのはどうなのでしょうか。あの時の熱意は雲散霧消したのでしょうかね。
グラグラ揺れる強化策
「阪神には歴史はあるが伝統はない」と言ったのは江川卓との歴史的なトレードで阪神に移籍してきた小林繁でした。どうして歴史はあるのに伝統はない…と言ったのか。諸説紛々ありますが、球団としての一本筋が通った方針がなく、すぐにグラグラと強化策が揺らいでしまう。それは主力選手の処遇や起用法にも影響し、屋台骨が瓦解する…などなどの過去の出来事を指していたのではないでしょうか。2022年の現在もまた佐藤輝や大山のポジションをコロコロと代える采配を見せつけられると、あの2カ月前の立派な指針はどこに行ったんだ⁉と悲しくなりますね。
泣いても笑っても残り22試合です。一試合、一試合に大きな意味を持つことになりますが、チームの長期ビジョンは「助っ人に頼らない骨太のチームに」だったはずです。フロントと現場には2カ月前の言葉をもう一度、読み直して欲しいですね。
◇
【プロフィル】植村徹也(うえむら・てつや) 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。