TOKYOまち・ひと物語

大塚の誇り、取り戻したい 地元不動産会社が再開発 武藤浩司さん(43)

山口不動産が命名権を持つJR大塚駅前の広場に立つ武藤浩司社長=東京都豊島区北大塚(深津響撮影)
山口不動産が命名権を持つJR大塚駅前の広場に立つ武藤浩司社長=東京都豊島区北大塚(深津響撮影)

大塚の街が、大きく生まれ変わろうとしている。隣駅の池袋と比べて地味な印象だったのが、人気のホテルが開業したり、レトロな雰囲気の横丁が並んだりと再開発が進行。仕掛け人は大手不動産会社ではなく、地元の不動産会社「山口不動産」社長の武藤浩司さん(43)だ。かつて繁華街として栄えた地域の歴史を踏まえ、「大塚にかかわる人たちの誇りを取り戻したい」と意気込む。

JR大塚駅北口を出ると、目の前に「ironowa hiro ba」と記された広場が広がる。視線を街に向けると「ba(ビーエー)01」「ba05」「ba07」…と番号を振られた建物がいくつもあることに気づく。それぞれが特徴的な外観ながら、同じデザインの看板を掲げており、多様性の中にも統一感がある街並みだ。

これらはすべて、山口不動産の「ironowa ba project(いろのわ・ビーエー・プロジェクト)」に基づいて展開された建物だ。プロジェクトは同社が保有するビルなどとサービスやイベントを連携させ、大塚を「カラフルに、ユニークに」していくことを掲げており、平成30年以降、街に姿を現した。

戦前は繁華街

それぞれの建物には有名ホテルや新業態の店が入り、大塚の街ににぎわいをもたらしている。

ba01には、総合リゾート運営会社「星野リゾート」(長野県)が運営する都市型ホテル「OMO5東京大塚」が30年に開業。駅前のビル「ba05」には著名な靴磨き職人が手掛ける靴修理店など多彩な店舗が入居する。古民家をリノベーションし、レトロな雰囲気が漂う飲み屋街「東京大塚のれん街」も整備した。

かつての大塚の街を武藤さんは「印象が薄く、どんな街か答えるのに窮する街だった」と表現する。

大塚駅は明治36年に開設され、44年には都電荒川線も開業。戦前には花街があり、百貨店も開業するなど都内有数の繁華街として栄えた。しかし、先の大戦で空襲の被害を受け、戦後になると隣の池袋が急速に発展していく一方、大塚は池袋の陰に隠れた存在となっていった。

山口不動産は大塚駅付近に多くの不動産を保有していたが、自社の物件を管理するだけで、まちづくりとは程遠い会社だった。

「街だけでなく」

武藤さんはそのような会社を変革し、街に変化をもたらしてきた。

監査法人に勤務していた平成19年、鬱病を発症。山口不動産の社長だった祖母からの誘いもあり、20年に入社した。当初は社員として自動販売機の商品補充などを行っていたが、取締役を経て30年に社長就任。ba01の建設を進めていた当時、「ただのビジネスホテルが入っても感動しない」と粘り強く交渉し、星野リゾートの誘致を実現した。

ホテルやマンションの整備を並行して進めていく中で、ブランディングディレクターから建物名を「ba」とする提案を受ける。「being & association」(そこにいれば、つながりを感じる場へ)という意味を込め、街全体を貫くプロジェクトに昇華。ビル建設だけでなく、物件のテナントではない地域の飲食店も参加できるイベントを開催するなど大塚全体を盛り上げる。

「来訪者は本当にいいと思わないと再訪してくれない」と武藤さん。「テナントでない人たちとも一緒に街を良くしていく活動をし、街だけでなく世の中もよくしていきたい」とプロジェクトの展望を語った。

(深津響)

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