続く手探りの日々 ウクライナから避難の26歳女性

平和への願いを込め、Tシャツのデザインを描くキブカロ・ユリアさん=埼玉県戸田市(星直人撮影)
平和への願いを込め、Tシャツのデザインを描くキブカロ・ユリアさん=埼玉県戸田市(星直人撮影)

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始から24日で半年となった。戦禍を逃れて日本国内に身を寄せる多くのウクライナ出身者は、不安を抱えながら手探りの日々を送っている。埼玉県戸田市で暮らすキブカロ・ユリアさん(26)もその一人だ。言葉の壁や就労に関する悩み、祖国の苦境に対する悲しみ…。それでも、新たな生活を軌道に乗せようと前を向く。

ユリアさんはウクライナのハルキウ出身で、美容関係の仕事に就いていた。侵攻が始まり、国内各地を転々とした末に隣国のポーランドへ逃れ、娘(5)とともに4月30日に日本へ入国した。日本政府が確保したホテルでの生活を経て、戸田市で暮らすことが決まり、7月20日から市内の住宅に入居している。

日本を避難先に選んだのは過去に日本に住むウクライナ人と交流した経験があったから。ただ、日本語はほとんど話すことができず、入国した時点では支えてくれる知人らもいなかった。生活資金の中心は日本政府による日額2400円の支援だ。入国時の査証(ビザ)取得の際に身元保証人がいなかったため、日本財団による年額100万円の生活費支援は受けることができない。

「戦争が終わったとしても日本に残りたい。ウクライナには何も残っていない。仕事も、家も…」

通訳を介して取材に応じたユリアさんは絞り出すように語った。「日本に避難してから、自分がどれだけウクライナのことを好きだったかに気づいた」とも。

ウクライナのために何かできることはないかと考えたユリアさんは、戸田市国際交流協会に協力してもらい、平和への願いを込めたオリジナルデザインのTシャツを作った。今月20、21日に市内で開かれた催しで販売され、収益の一部を在日ウクライナ大使館へ寄付した。ささやかな額ではあったが、自立した暮らしを目指すユリアさんにとって大きな前進となった。

就労、娘の教育など、考えなければならない問題は山積している。「日本でみんなに優しくしてもらえて感謝している」とユリアさん。笑顔を絶やさず質問に応じる姿に、苦難を乗り越えて一歩を踏み出そうという強い意志がにじんだ。(星直人)

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