手探りの「共生」、祭典が残したもの 東京パラ開幕1年

東京パラリンピックの開幕式で入場する日本選手団=国立競技場(桐原正道撮影)
東京パラリンピックの開幕式で入場する日本選手団=国立競技場(桐原正道撮影)

障害がある人もない人も認め合う「共生社会」の実現を掲げ、開催された東京パラリンピックの開幕から24日で1年。民放が一部競技で初の生中継に踏み切り、多くの人が大会に接したが、障害者スポーツを巡る情勢は今も好転しない。祭典は何を残したのか。金字塔を打ち立てた障害者アスリートは次世代のための環境整備を強く訴え、学校現場では理解促進へ手探りの状況が続く。

変わらぬ環境、次世代のために 車いすバスケ・香西宏昭

「地元のスーパーで『香西選手ですよね』と声をかけてもらうことが増えた。体験会やイベントにも朝早くから多くの人が来てくれる。確実に認知度は上がった」。東京大会で銀メダルを獲得した車いすバスケットボール男子のエース、香西宏昭(34)は、大会の余韻をこうかみしめる。

チームは51個のメダルを獲得した日本勢躍進の象徴に。決勝では前回覇者の米国に4点差で惜敗したものの、果敢に挑戦する姿が多くの国民の共感を集めた。

五輪と同じく、新型コロナウイルス禍の中での異例の開催に賛否が分かれた。「苦しい状況の中、開催してくださったのは感謝しかない」。目標に突き進む姿を通じ、誰かを勇気づけたいと切望していたといい、「障害者への先入観がある人に、『こんなことができるんだ』という驚きと新たな気付きを提示できた」と胸を張る。

だが、大会の理念だった共生社会の実現は程遠いと痛感する。

確かに大会後、自治体のイベントに呼ばれる機会は増えた。しかし、練習で体育館の利用を申し込んでも、多くの自治体に断られた。「車いすだと床のワックスがはげるから」「床が傷ついてしまう」といった理由だった。突きつけられた現状に香西は「練習環境は大会前と何ら変わらない」と声を落とす。

障害のある子供たちが、体育の授業や部活動で健常者とともに参加できる環境は今も乏しい。校外で打ち込める場所を求めても、メンバーや練習場所は足りず、厳しい現実が続く。

香西はそんな状況を少しでも改善したいと今年5月、ドイツのプロチームとの契約を打ち切り、日本を拠点に活動を再開させた。「日本の車いすバスケの現状を理解し、競技に取り組む機会や場所を作りたい」。目標は2年後のパリ大会でのメダル獲得だけではない。次世代につながる活動もまた、香西に課せられた使命だ。

還暦迎え狙うパリ 柔道・松本義和

1年前の東京大会を最後に引退するはずだった柔道の松本義和(60)は8月中旬、香川県であった強化指定選手合宿で汗を流していた。「大変な年齢なんですけれどね、辞めるにやめられなくなったんですよ」。弾むような声で前を向いた。

 パリ大会出場を目指す全盲の松本義和(右)=昨年8月、大阪市西成区(安元雄太撮影)
パリ大会出場を目指す全盲の松本義和(右)=昨年8月、大阪市西成区(安元雄太撮影)

東京大会は苦い思い出に終わった。初戦、敗者復活戦ともに一本負け。悔しさが募る一方、体と心は限界を迎えていた。大会後も練習は続けていたが、気力は戻らない。そんな中、2年後のパリ大会からパラ柔道が、新たに全盲と弱視の2クラスに分けられることが心にひっかかっていた。

従来、障害の重さに関わらず体重の階級別のみで競われ、全盲の松本は弱視選手との間に埋めがたい差を感じていた。全盲に限ればメダルも現実的な目標となり、「パリならメダルをかけた戦いができるかもしれない」。東京の敗戦から半年がたった今春、パリへの挑戦を決意した。

還暦を迎えた体を奮い立たせるのは自らの強い意思にほかならない。「障害者はどんどん前に出なければいけない。そうすることで、世間も障害者に慣れていくから」。

障害を乗り越えた証として初出場した2000年シドニー、妻のためだった04年アテネ。東京は戦う父親の背中を子供に見せるために挑んだ。そんな中、舞い込んできたルール改正は「長い間頑張ってきたことへの『おまけ』みたいなもの」。次こそは「自分のため」に戦うと誓う。

手探りの教育現場、どう理解深める

今月5日、横浜市西区のクラーク記念国際高校横浜キャンパス。縄でかたどった9マスの枠内に人が立ち、約5メートル離れた場所から車いすの人がフライングディスクを投げていく。ビンゴゲームを模した新たな「ユニバーサルスポーツ」(障害の有無にかかわらず参加できる競技)に、パラスポーツ関係者が感想を述べたり、質問を投げかけたりしていた。

考案したのは同校の生徒約40人。昨夏の東京大会を機に、同校では生徒によるユニバーサルスポーツの研究・開発を本格化させた。障害者への理解を深め、共生社会の模索を進める。

 クラーク記念国際高校横浜キャンパスの生徒が考案した「ユニバーサルスポーツ」。パラスポーツ関係者らと実践した=横浜市(同校提供)
クラーク記念国際高校横浜キャンパスの生徒が考案した「ユニバーサルスポーツ」。パラスポーツ関係者らと実践した=横浜市(同校提供)

生徒らは今年12月、今も障害者への差別が根強いラオスへ赴き、開発した独自のユニバーサルスポーツを現地の障害者らと実践する予定だ。担当する青山啓二教諭は「共生社会を築く上で、生徒自身が国籍の違う人や障害者に対する理解を深める機会になれば」と話す。

東京大会では共生社会への理解促進などを目的に、競技会場がある自治体などの児童・生徒に観戦機会を提供する「学校連携観戦プログラム」が実施された。当初約68万枚の申し込みがあったが、新型コロナウイルスの感染拡大で原則無観客開催が決まると、参加の取りやめが続出。最終的に参加したのは約1万5300人にとどまる。

数少ない参加校の一つが、中高一貫校の東京都立桜修館中等教育学校(目黒区)。約140人の生徒が車いすラグビーを目の当たりにした。引率した松本桂(けい)副校長は「会場の空気を肌で感じることができ、スタッフらも熱烈に歓迎してくれた」と振り返る。

大会で日本選手が金メダルを獲得したボッチャを、今年5月の体育祭の種目に取り入れた。生徒たちが自主的に考えた結果といい、松本さんは「彼らの中に多様性を受け入れる素地ができ始めていると感じている」と受け止める。(木下未希、花輪理徳、小川原咲)

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