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女優・泉ピン子<21> 「渡る世間は鬼ばかり」がスタート

出演した「渡る世間は鬼ばかり」は国民的ホームドラマとなった
出演した「渡る世間は鬼ばかり」は国民的ホームドラマとなった

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《平成2年、TBS開局40周年と銘打って、10年ぶりだという通年ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」がスタートする。それまで数々のホームドラマを作り上げてきた橋田寿賀子さん脚本、石井ふく子さん演出のコンビ。老年期の夫婦と5人の娘たち、その嫁ぎ先の家族を描いたシリーズは、世代交代しながら、橋田さんが亡くなるまで、29年にわたって放送された》


私が演じた五月(さつき)は、5人姉妹の次女で、ラーメン屋「幸楽」に嫁ぎ、家族の世話をしながら朝から晩まで働き、しゅうとめとの関係で苦労する役です。橋田先生には「あなたはどんな役でもできるけれど、五月の役はあなたしかできない」と言われました。

こんなにシリーズが続くとは思いませんでした。最初は1年間だけのシリーズだと聞いていました。あんまり好評だったから、次の年も連続ドラマとして作って、それが10年続きました。その後は令和元年まで、1~2年に1度、スペシャルドラマとして撮影して、放送されました。

この作品に出演していなかったら、人生が変わっていたかもしれないと考えることはあります。もっと他の仕事ができたかもしれません。

毎年、ずっと放送していくということが決められていたので、スケジュールがそれで押さえられてしまいます。それがなければ、もっと違うことができたはずだと考えてしまいます。


《女優としての代表作に》


ありがたいことです。ありがたいことなのですが、私のイメージも、ラーメン屋のおばさん役として、だいぶ固定されてしまいました。視聴率が良く、ヒットしましたので、なおさら。


《「渡る世間は鬼ばかり」の撮影がない時期は毎年のように、ママと呼んで慕っていた橋田さんと世界旅行に出かけていた》


ベトナム、ポリネシア、エジプト、ベネズエラ、ペルー、ドイツ、フランス、ノルウェー、北極…あちこちへ行きました。

北極では、「北極の氷でかき氷を食べよう!」と盛り上がって、わざわざ日本からあずきの缶詰を持ち込み、金時氷にして食べましたね。楽しかったです。

エジプトの市場では、面白い失敗をしました。ちゃんとはかりで目方を量って金の宝飾品を売る店があったので、信用できそうだと思い、2人で購入しました。きれいでしたし、記念になると思っていたのに、帰国後に調べてみると、金メッキでした。「もう海外で金を買うのは怖いからやめよう」と、橋田先生に笑いながら電話をしましたね。

そのエジプト旅行では、夜のナイル川をクルーズ船で下りました。異国情緒があって珍しかったので、私は大喜びでしたが、それを見た橋田先生に「あなた、こんなボロボロの船で喜ぶなんて」と哀れまれました。

「今度、(豪華客船の)飛鳥に乗っけてあげるから」と言われて、本当にその後、飛鳥クルーズで世界中を回ったこともあります。思い出の船です。

だから昨年4月に橋田先生が亡くなった際、遺骨を少し分けてもらって、今年6月に飛鳥Ⅱ(飛鳥の後継船)に乗り、船上から海へ散骨をしました。飛鳥と海と旅行が大好きだったので、きっと喜ぶだろうと考えたのです。

だいぶ年を取ってからも、一緒に旅行していました。ある時は、「南の島でゆっくりしたい」という橋田先生の希望で、仏領ポリネシアにある、高級リゾートのボラ・ボラ島へ一緒に行きました。周囲が海で囲まれた、1泊50万円もする高床式の水上バンガローに宿を取りましたが、ダブルベッドだったので、私は床で寝ました。シャワーのお湯も決まった量しか出ませんし、せっかくのバカンスなのに、なんとも不便な思いをしました。

今となっては、全ての思い出が懐かしいです。(聞き手 三宅令)

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