朝晴れエッセー

一枚上手・8月20日

妻が逝って4度目の夏。私はいままで包丁ひとつ握ったことがない。その私が働く娘のためとはいえ、この年で料理に手を染めたのは、心配する病床の妻に「作る」と約束したからだ。

その日、暑いので、そうめんがいいと思い、いつものネギ以外にも具を添えて娘を驚かせようと張り切った。だが卵焼きは細切りできず、ぐちゃぐちゃになってしまった。帰宅した娘が食卓につくとすぐ、卵を見て「これなに?」と言う。

「巻けたけど、切るのを失敗した卵焼き」

「どうして巻いたん?」と娘。母は卵をフライパンで薄く引き延ばして焼き、それを何枚か重ねて切っていたと言う。「これは厚焼きやろ。それにしても、何もかもふっといなあ」「大葉はハサミ、キュウリはスライサーを使ってたんや、お母さんは」

「知らんもん」と、つい不機嫌になった私。娘が手伝うことは少なかったはずなのに、手順は見て覚えたのかと感心した。何も考えず、ただ食べていたのはこの私だけだったのか。

次の機会には薄焼き卵のコツをネットで調べておいた。卵を薄く広げて焼いたフライパンをぬれ布巾の上に置き、余分な熱を取って細く切ると錦糸卵ができた。ドヤ顔の私に「きれいやね」と娘は褒め、「この薄焼き卵をそのままチキンライスに乗せたらオムライスなんやで」と教えられた。

うまくおだてられ、その後、娘の好きなオムライスを作る羽目になってしまった。このなりゆきを一番喜んでいるのは、空の上から見ている妻だろう。


相野正(72) 堺市美原区

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