生きもの好〝紀〟心

植物悲喜こもごも⑤バイカツツジ 黄葉の美、森に映えて

梅に似た姿を持つバイカツツジの花=和歌山県立自然博物館提供
梅に似た姿を持つバイカツツジの花=和歌山県立自然博物館提供

和歌山県立自然博物館では開館以来、県内を中心として紀伊半島の自然に関する調査を行っており、植物分野については野生植物に関する資料を収集しています。この連載では、これまで野外で観察した植物について、発見のエピソードを交えながら紹介します。5回目はバイカツツジです。

バイカツツジはツツジ科の落葉低木で、花の形が梅の花に似ているため、この和名がつけられました。初夏、葉の陰にひっそりと隠れるように花を咲かせることから、よほど植物観察に精通した人でないと見つけるのは困難です。和歌山県内では東牟婁郡や新宮市の山地にみられ、岩場などに自生しています。晩秋には紅葉や黄葉といった葉の変化も楽しめることも特徴です。

筆者が、そんなバイカツツジの黄葉を観察したのは新宮市熊野川町地域の「辞職峠」を歩いたときでした。辞職峠とは地図に記載された地名ではなく、地元の人が呼ぶ通称で、「思案坂」との別名を持ちます。

林業全盛期、山間部には数多くの人が住んでおり、集落には小学校もありました。林道開通前、集落に住む人々は峠道を往復しながら生活物資を運び、学校に勤める教師は峠道を徒歩で通勤していたといいます。「峠を越えて山道を歩くのが大変で、仕事を辞めようか思案した」ことから辞職峠と呼ばれるようになったそうです。

このことに絡み、当館が昭和33年に採取したソハヤキミズという希少種の植物標本ラベルには「辞職峠、思案坂」との記述があります。しかし、近年は現存が確認されていなかったため約3年前、意を決して歩いてみることにしました。

ツブラジイやウバメガシ、ツガといった常緑樹の森の中を歩きながら、ふと、緑陰の間に太陽光が当たって透けてみえるバイカツツジの葉に気づきました。そのときはソハヤキミズの再発見には至らなかったのですが、バイカツツジの美しさにみとれ、満足のいく山歩きとなりました。

辞職峠は山歩きに慣れた人でも踏破が困難。一方、バイカツツジは和歌山県田辺市本宮町にある川湯温泉の近くの森など、観光地に近い場所でも観察できますので、気になった方は探してみてください。

モミジやカエデなど、一面を赤く染めるほどは群生しませんし、地味な存在かもしれません。ですが、同じ植物でも観察する時期や視点を変えることで得られる発見があります。この記事のように、植物観察の楽しさを知っていただけると幸いです。(和歌山県立自然博物館主任学芸員 内藤麻子)

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