小林繁伝

吉田阪神11連勝、猛虎進撃でお祭り騒ぎ 虎番疾風録其の四(93)

延長十回無死三塁で遠井(手前左)が右翼へサヨナラ本塁打を放ち、お祭り騒ぎの阪神ベンチ=昭和51年4月25日、甲子園球場
延長十回無死三塁で遠井(手前左)が右翼へサヨナラ本塁打を放ち、お祭り騒ぎの阪神ベンチ=昭和51年4月25日、甲子園球場

昭和51年シーズン、まず飛び出したのが第91話『ダイナマイト打線』で紹介した吉田阪神である。

4月10日のヤクルト1回戦(甲子園)、ブリーデンの決勝タイムリー二塁打で5―4で逃げ切ると、25日の大洋5回戦(甲子園)までなんと11連勝。11勝1敗2分けの勝率・917。驚異的な数字で「首位」を爆走したのである。


◇4月25日 第2試合 甲子園球場

大洋 000 000 100 0=1

阪神 000 000 001 2x=3

(勝)山本和2勝4S 〔敗〕高橋1敗

(本)山下大①(古沢)遠井①(小谷)


ダブルヘッダーの第2試合、0―1で迎えた九回、阪神は1死から田淵が四球。続くブリーデンが三振のとき代走末永が二盗に成功。ここで吉田監督は池田に代打桑野を送った。

桑野議、昭和24年5月5日生まれ、当時26歳、背番号「17」。42年のドラフト5位入団。9年目の超イケメン選手。51年は〝代打の切り札〟として活躍し同年オフ、19歳の若い奥さんをもらって、仲間たちから大いに冷やかされた。筆者の大好きな選手。オッと余談が過ぎた。

大洋の先発・高橋に2―2と追い込まれた桑野だったが、ここから粘った。なんと8連続ファウルで粘り、2―3からの13球目を中前タイムリー。土壇場で猛虎は同点に追いついた。

延長十回、先頭の掛布が左中間三塁打を放つと、続く代打遠井が代わった小谷から右翼へサヨナラ2ラン。左の写真のように阪神ベンチはお祭り騒ぎだ。

猛虎11連勝の要因は吉田監督の「投手起用」だといわれた。当時はまだ投手は先発―完投が当たり前。だが、吉田は「完投」にこだわらなかった。

この日の第1試合でも九回から抑えの安仁屋を投入し10連勝。そして第2試合も九回、1失点の古沢に代えて山本和を投入。先発、中継ぎ、抑え―と当時では珍しい投手の〝分業制〟を導入していたのだ。

「猛虎の進撃」で2位巨人との差は「3・5」。巨人もこれ以上、離されるわけにはいかなかった。(敬称略)

ここでまた小休止。『小林繁伝』の再開は9月下旬の予定です。お楽しみに。

■小林繁伝94



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