復興の道は長く 侵略受けたキーウ郊外に仮設住宅

ウクライナ・キーウ郊外のイルピンに設置されている仮設住宅=15日午後(彦野公太朗撮影)
ウクライナ・キーウ郊外のイルピンに設置されている仮設住宅=15日午後(彦野公太朗撮影)

【キーウ(キエフ)=遠藤良介】ウクライナの首都キーウ郊外には、侵略したロシア軍による攻撃と占領の爪痕が今も生々しく残る。多くの住宅が破壊されたイルピンにはこのほどプレハブの仮設住宅が設けられ、自宅を失った人々が新たな生活を始めた。露軍の侵略が一刻も早く終わり、平和が訪れることを住民らは願う。

すでに日常生活と活気を取り戻したキーウから車で約1時間。3月に露軍の首都進軍が食い止められたイルピンに入ると、露軍の砲撃で破壊された高層住宅や各種施設が目に飛び込んでくる。上層の3階分以上が吹き飛び、焼け焦げた10階建てアパートの壁面には「(建て替え)資金募集」と銀行口座の記された横断幕が掲げられていた。

「多くの人は知人や親類から資金を集めて自宅を修繕している。だが、取り壊して建て替えざるを得ない住宅も多く、そうした住民は避難所での生活を続けている」。イルピン在住の女性、アナスタシアさん(35)が説明した。全壊を免れた保養施設や、使われていない鉄道の客車が避難所とされている。

ポーランドの支援で建設された長屋形式のプレハブ仮設住宅もお目見えした。約13平方メートルの小部屋に2段ベッドを2つ備えた構造で、88部屋に計352人を収容できる。台所やトイレ、居間は共用だ。

入居女性のターニャさん(46)は3月、ポーランドに避難していた際に自宅を失った。長女(17)、母親(80)と3人で仮設住宅に暮らす。「戦争が終われば私のアパートも再建され、全てが良くなると信じている」。ターニャさんは「復興の道のりは長い。戦争が終わるのは、ウクライナが1991年に独立した際の国境を回復したときだ」とも語った。

別の入居女性、ニーナさん(65)は「戦争が終わり、子供たちが(死傷する)親のために、また、親たちが子供のために泣くようなことがなくなってほしい」と語った後、こう力を込めた。「プーチン(露大統領)の支配などまっぴらだ。強く善良なウクライナ人は侵略者(ロシア)を撃退するのみ。2度とウクライナに手出しできないようにしなくてはいけない」

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