小林繁伝

王が足首痛めて離脱…長嶋巨人に試練 虎番疾風録其の四(92)

足首を痛め、病院から帰ってきた巨人の王。おぶられて球場を後にした=昭和51年4月22日、後楽園球場
足首を痛め、病院から帰ってきた巨人の王。おぶられて球場を後にした=昭和51年4月22日、後楽園球場

「張本騒動」で揺れる長嶋巨人にまたアクシデントが襲った。昭和51年4月22日、主砲・王が倒れたのである。

その日、後楽園球場で行われたヤクルト3回戦は巨人の快勝。王も一回にヒットを放ち、三回には松岡から左翼へ4号2ラン。そして四回の第3打席にも右中間へタイムリー二塁打を放って3打点を稼いでいた。


◇4月22日 後楽園球場

ヤクルト 000 000 300=3

巨 人 302 100 02×=8

(勝)新浦2勝2敗 〔敗〕松岡1勝2敗2S

(S)加藤2勝1敗2S

(本)王④(松岡)ロジャー④(新浦)


巨人が八回表の守備に就いたときだ。突然、王が左足首の激痛を訴えてベンチに戻ってきた。すぐさま東京・目白の整形外科病院へ運ばれた。

実は王は試合前の守備練習で黒江コーチのノックを左くるぶしに当てていた。それほど強い打球ではなく、王も「大丈夫」と気にしていなかった。試合でもこの活躍。ところが、六回、右翼フライを打ち上げたときに「足首に痺(しび)れるような痛みを感じた」という。そして八回の交代となった。

「足が痺れて感覚がないんだ。いままでの痛みとはまったく違う」と王は不安そうに表情を引きつらせた。病院での検査結果は幸い骨には異常はなかったものの靱帯(じんたい)を痛めており、痛みが取れるまでに「3週間はかかる」という。

この日の3連勝で8勝5敗1分け。一気に〝奪首〟を―と狙っていた長嶋巨人にとって、主砲の長期戦列離脱は痛い。まさに天国から地獄。「ケガは仕方がないよ。みんなでワンちゃんの穴を埋める」と長嶋監督も気を引き締め直した。

影響はいきなり出た。4月24日、中日1回戦(ナゴヤ)。巨人は3番淡口―4番張本―5番末次のクリーンアップを組んだが、王の抜けた打線はエース星野の相手ではなかった。ヒットこそ中日より2本多い8安打を放ったが、ここ一番で張本を歩かされて後続がピシャリ。0―3で完封負けだ。

巨人の先発のマウンドに上がったのが小林だった。小林も〝奮投〟した。だが、マーチン、谷沢の一発を浴び、6回5安打3失点で初黒星。51年シーズン、長嶋巨人にとって最初の「試練」が訪れたのである。(敬称略)

■小林繁伝93

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