(月刊「丸」昭和63年5月号収載。筆者は陸軍通訳生)
一人の将校が徒歩で、司令部営門から入ってくる。立哨兵に答礼し、営門を二、三歩入ったところでちょっと立ちどまる。衛兵所からバラバラと衛兵司令以下、勤務兵が執銃で一列横隊に整列、司令の号令で「捧(ささ)げ銃」の敬礼、同時にラッパ手が将官にたいするラッパを吹奏、将校は左手にカバンを下げ、歩調をゆるめてさっと挙手の敬礼(典範令どおりの模範的型)で、ゆっくり司令以下衛兵を凝視しながら歩をはこぶ。
列が終わったところでサッと右手をおろすと、やや歩をはやめて正面玄関に向かう。出迎えた太田参謀以下、幕僚および司令部各部班長の敬礼をうけ、酒向次級副官の案内で二階の隊長室に入った。