小林繁伝

張本、書類送検で不起訴処分…襲われた側がなぜ? 虎番疾風録其の四(90)

試合終了後、バスに乗り込もうとする張本(左から2人目)ら巨人ナイン=昭和51年4月16日、広島市民球場
試合終了後、バスに乗り込もうとする張本(左から2人目)ら巨人ナイン=昭和51年4月16日、広島市民球場

「巨人軍バス襲撃事件」がいつのまにか張本の「傷害容疑事件」になった。

昭和51年4月19日、広島県警西署は午前6時半から6時間にわたって張本を「傷害容疑」で取り調べた。もちろん、張本は暴行を否定した。

「天地神明に誓ってやっていない。というより、僕らの方が被害者じゃないんですか。ボクも数人に殴られ顔にケガをしたし…」

ここに1枚の写真がある。いままさにバスに乗り込もうとしている巨人の選手たちが写っている。普通、野手はバットはケースに入れて持ち運ぶ。だが、この日、張本は1本のバットを肩に担いでいた。この直後、約500人の広島ファンが彼らを襲った。石を投げ気勢をあげて襲い来る暴徒に、張本が持っていたバットで防いだとしてもおかしくない状況だ。

なぜ、襲った側が罪に問われない?という疑問は、プロ野球選手会の態度を硬化させた。

「広島球場へ行くとわれわれは石やビンを投げつけられ、唾を吐きかけられる。今回の騒動も身の危険を感じた張本さんが振り払おうとしたんでしょう。現場にいなくとも十分想像できます。選手会としてはもう広島球場での試合を拒否せざるを得ない。でなければ、ファンはますますやりたい放題。選手はたまったもんじゃない!」

当時、選手会長を務めていた大洋の松原は記者団に熱く語った。

広島の重松代表は「われわれにも責任はある。われわれにできることは警備の強化とファンの良識に訴えることだけです」と陳謝した。ところが、この広島の姿勢に、その日、球審を務めていた柏木審判が憤慨したのだ。

「広島では毎年、必ずこうしたトラブルが繰り返されている。昨年(50年)、中日の選手がグラウンドでファンに襲われケガをした。球場の警備はまったく不十分だ。しかも、球団は騒ぎのあった日こそ『もう二度と…』と謝っているが、翌日にはケロッと忘れ、〝ご迷惑をおかけしました〟の挨拶すらない。愛想が尽きた」。柏木審判は〝堪忍袋の緒が切れた〟という感じでさらに続けた。

「あの日、長嶋監督の抗議は激しかったが、ゲームは広島が勝っている。なのになぜ、ファンが介在しなければならないのか。理解に苦しむ」

5月18日、張本は「傷害容疑」で広島地検に書類送検され、後日、証拠不十分で不起訴となった。(敬称略)

■小林繁伝91

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