(昭和53年8月号収載。筆者は戦艦「大和」前部射撃指揮所員)
突然、どこにいたのか、どこへ逃避していたのか、駆逐艦が一隻あらわれて、ちかづいてきた。そして、私たちが漂流している周囲を相当な速さでひとまわりしたあと、私が浮いているところから五~六百メートルのところで停止し、どうやら救助をはじめようとしているのを知った。
うれしいという言葉は、こういったときに使うものだと、しみじみと思うほどうれしかった。この世に神様の存在を知ったような気がしたものである。
(昭和53年8月号収載。筆者は戦艦「大和」前部射撃指揮所員)
突然、どこにいたのか、どこへ逃避していたのか、駆逐艦が一隻あらわれて、ちかづいてきた。そして、私たちが漂流している周囲を相当な速さでひとまわりしたあと、私が浮いているところから五~六百メートルのところで停止し、どうやら救助をはじめようとしているのを知った。
うれしいという言葉は、こういったときに使うものだと、しみじみと思うほどうれしかった。この世に神様の存在を知ったような気がしたものである。