海軍を描いた作家・阿川弘之さん 遺品が語る戦争の実態

自宅書斎での阿川弘之氏(大和ミュージアム提供)
自宅書斎での阿川弘之氏(大和ミュージアム提供)

先の大戦を経験した当時の若者たちは何を感じていたのか。戦争の記憶が薄れていく時代に貴重な〝語り部〟ともなる戦争文学。軍隊経験のある証言者らの取材を重ね、次世代へと伝えようとした作家たちを取り上げた企画展「海軍を描いた作家 阿川弘之・吉田満・吉村昭」が、広島県呉市の大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)で開催されている。

阿川弘之氏の遺族から寄贈された資料の一部
阿川弘之氏の遺族から寄贈された資料の一部

「大和」「長門」「陸奥」のものがたり

企画展では、戦艦「大和」「長門」「陸奥」を題材とした、阿川弘之(1920~2015年)、吉田満(1923~79年)、吉村昭(1927~2006年)の3氏に焦点をあて、取材資料や証言者の資料を展示するほか、3人の作家の作品も紹介している。

学徒出陣によって海軍に入隊した吉田氏は21歳の頃に戦艦大和に乗艦。沖縄特攻作戦にも参加したが、奇跡的に駆逐艦に救助され、戦後に「戦艦大和ノ最期」を書き上げた。

戦記小説を多く執筆した吉村氏は、軍隊に入隊することなく終戦を迎えた。従軍体験はないが、友人から戦艦武蔵の建造日誌を見せられたことなどをきっかけに、「戦艦武蔵」を書き上げた。

広島市生まれの阿川氏は東京帝国大国文科を繰り上げで卒業。予備学生として海軍へ入隊し、終戦は中国で迎えた。戦後は志賀直哉に師事。自身の軍隊体験をきっかけに「春の城」「雲の墓標」「暗い波濤」「軍艦長門の生涯」のほか、海軍提督3部作など、海軍に関する作品を多数残した。

企画展の目玉は、阿川氏関連の資料だ。昨年末に寄贈された一部で、愛用のいすや蔵書を並べた書斎を再現。直筆原稿や取材ノートなどが展示されている。

その中の一つが、昭和47年に産経新聞夕刊で掲載された司馬遼太郎氏との対談記事。「軍艦長門の生涯」連載の前に、司馬氏の「坂の上の雲」が連載されたことが紹介され、「司馬は『坂の上の雲』は明治の日本の隆盛期を題材として選んだために書くことはたやすかったと述べ、阿川は反対に、戦争に突入し、敗戦までを描かねばならないことに非常に苦慮しているとの内容を述べている」と解説する。

寄贈された書籍なども展示。企画展では阿川弘之氏の書斎をできるだけ忠実に再現したという
寄贈された書籍なども展示。企画展では阿川弘之氏の書斎をできるだけ忠実に再現したという

約1万2千点の寄贈資料

大和ミュージアムの名誉館長を務めていた阿川氏は平成27年に94歳で死去。資料は横浜市内の自宅に保管されていたが、昨夏、遺族から寄贈の相談を受けたことがきっかけだった。

大和ミュージアムの戸高一成館長は「呉の財産だ」といい、昨年末に引き取った資料の箱は計115個。今年6月まで時間をかけて整理し、直筆原稿をはじめ、膨大な取材ノートや蔵書、愛用の文具類、作家との書簡など、約1万2千点が収められていたという。

資料を引き取る前、戸高館長は遺族から、推敲(すいこう)し書き直した原稿については、阿川氏が子供たちに命じて焼却処分させていたため、ほとんど残っていないと聞かされていたという。

しかし、「軍艦長門の生涯」などの途中原稿の裏面に幼少だった子供たちが落書きして絵本状になったものやメモ帳代わりにしたものも発見。戸高館長は「思考の変遷を知ることができる貴重な資料。奇跡的な幸運を得て残っていた。大変興奮した」と強調する。

海軍技術少佐だった福井静夫氏による注記がびっしりと赤字で記された「軍艦長門の生涯」の原稿も残されていた。阿川氏は軍艦に関しては必ず専門家にチェックしてもらっていたという。戸高館長は「福井さんの懇切極まる注記を作品に反映させていた。歴史的・技術的事実関係に徹底していた」と振り返る。

「軍艦長門の生涯」は、昭和40年代半ばに産経新聞で連載。取材ノートは約70冊に上り、海軍関係者ら200人以上の名前や取材内容が丁寧に記されていた。

展示では阿川弘之氏の書斎を再現。愛用していた椅子やランプが展示され、椅子に座ることもできる
展示では阿川弘之氏の書斎を再現。愛用していた椅子やランプが展示され、椅子に座ることもできる

文学的側面からみた企画展

阿川氏の自宅を時々訪れていたという戸高館長の思い入れも相当強い。

「名誉館長をお願いしにいった際、ソファでニコニコ話されていた先生がぱっと背を伸ばし、両ひざにきちっと手を置き、子供のような私に向かって『私のようなものでよろしゅうございますか』と言った。恐縮してびっくりしたが、それぐらい大和ミュージアム、また、海軍に対する尊敬の念、思い入れ、愛情をもっていたのだなと。最も感動したシーンだった」

大和ミュージアムにある10分の1サイズの「戦艦大和」。脇には本物の大和を作ったドックの石がある。

ミュージアム建設時に出たその石の切れ端を持参すると、「先生は突然立ち上がり『お母さん、来てごらん! 大和を作ったドックの石だよ!』と言い、部屋の中を『どこに置こう、どこに置こう』と歩き回っていた。それほど海軍と呉と大和が好きな方だった」と懐かしむ。

今回の企画展で紹介されている、製本された直筆原稿の「雲の墓標」。特攻隊員を描いた阿川さんの代表作の一つでもある。

学芸員の藤坂彰子さんは「製本として残しているのは、最終局面のシーンだけ。それだけに貴重だ。実際に、ご友人の日記をもとに書かれていて、阿川先生としても思い入れがあったのだろう」と説明する。

企画展は、軍隊にはさまざまな身分や立場の人が在籍し、戦争への参加や考え方もちがうことを示し、自分を含めた戦争の実態に迫ろうとした、と解説する。

戸高館長は「当時の人たちにとって海軍とは何だったのか。企画展では海軍を文学的な側面から見た。文学を通し、戦争を伝えようとしたことを知ってほしい」としている。(嶋田知加子)

企画展は令和5年3月31日まで。休館日は火曜(祝日の場合は翌日休館)だが、8月31日までは無休。

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