いにしえの都、奈良。実は「氷の聖地」ともいわれている。平城京遷都の約1300年前、勅命で氷が保存され、献上されていたことが由来だ。「氷の守り神」として全国の製氷業者らの信仰を集める神社があるほか、全国のかき氷の名店が集うイベントも毎年開かれ、多くのファンが来場。製氷業者、かき氷店が一体となって「氷のまち」を演出している。
製氷庫に入ると、高さ120センチの氷柱が規則正しく並ぶ。重さ140キロにもなるやや青みがかかった氷は透き通るような美しさ。ここは奈良市内唯一の製氷会社「日乃出製氷」。独自に編み出した純氷の「大和氷室」をかき氷店に提供する。
48時間かけてゆっくりと凍らせガラスのように透明で解けにくい氷を「純氷」と呼ぶが、大和氷室は72時間かけて純度を高めるという。
硬くて削りやすい
「一般的な純氷を作るときより高い温度のマイナス7~8度でゆっくりと凍らせ、不純物を取り除く作業を増やすことで、純度が高くなる。硬く、解けにくく、より削りやすい氷が出来上がるんです」。4代目社長の中孝仁さん(49)は話す。
需要減から製氷業者の廃業も相次ぐなか、差別化を図ろうと全国の製氷業者を訪ねて教えを請い、作り出した。純度の高い氷は評判を呼び、出荷先は奈良にとどまらず、福島から沖縄まで広がる。
さらに氷の需要創出に向け、みずからかき氷店の営業も始めた。氷の削り方やシロップのかけ方などのノウハウを県外の有名店から学び、8年前、奈良県大和郡山市内にオープン。自慢の大和氷室を使ったかき氷は評判を呼んだ。「かき氷店を通じ、氷屋があることを多くの人に知ってもらいたかった」と話す。
平城京遷都が契機
奈良と氷の歴史は古代にさかのぼる。奈良市内の氷室神社は平城京遷都の710年、元明天皇の勅命により、現在の奈良公園を流れる吉城川沿いにあった氷池で作った氷を氷室で保存し、献上。守り神として「氷神」をまつったとの由来がある。毎月1日には製氷業者から氷柱が奉納されるほか、5月1日には「献氷祭」が催され、タイなどが入った大型氷柱や舞楽の奉納などが行われる。
また、氷室神社は天理市内にもあり、そのルーツは日本書紀に記されている。
これらの由来から「氷のまち」を打ち出そうと、県内の製氷業者や飲食店などが平成26年から、全国の有名かき氷店や菓子店が集結する「ひむろしらゆき祭」を奈良市の氷室神社で開催。翌年には「エスプーマ」と呼ばれるムースのような泡状にしたかき氷を提供する全国でも珍しい専門店が奈良市内にオープンし、奈良のかき氷人気に火を付けた。
老舗和菓子店もかき氷に進出。明治30年創業で焼き菓子「さつま焼」が看板銘菓の「春日庵」(同市)も平成28年からかき氷を提供。一番人気の「黒みつきなこわらびもち」は、3層にした氷に黒蜜ときなこミルクシロップを4回かけたまろやかな甘さが人気だ。店内のカフェを取り仕切る児玉由紀子さん(54)は「たかがかき氷と思う人も多い中、シロップのかけ方、氷の削り方も気温で毎日異なる。奥が深い」とおいしさへの追求を忘れない。
ブーム火付け役
ブームの火付け役となった日乃出製氷の中さんのかき氷店は昨年、役割を終えたとして閉店。現在は店舗開業を目指す人たちに、氷の保存方法や氷を削る際の刃の立て方、シロップのかけ方などを教え、後進の育成に取り組む。県内の人気レストランでコラボしたかき氷も販売し人気だ。
中さんら「ひむろしらゆき祭」を開催したメンバーは、フリーペーパーの「奈良かき氷ガイド」も作成。8年目を迎え、年々掲載店が増加。今年度版は60店を紹介し、奈良県内の人気店を幅広くカバーしている。
「和菓子文化があるように、日本の氷文化を広めていきたい」(中さん)。奈良発の氷文化を全国、そして海外にも発信していく考えだ。(木村郁子)