隣の客に体をぶつけ…スリ犯捜査員がとらえた一瞬の違和感

雑踏の中でスリ犯を追う大阪府警捜査3課の専従捜査員「猛者(もさ)」は、1秒にも満たない犯行の瞬間に目を光らせる。そうした捜査手法はまさにアナログな職人技だ。府警では猛者の技術伝承にも力を入れており、日夜研鑽(けんさん)を積んでいる。原動力は「国民の懐を守っている」という矜持(きょうじ)だ。

5月下旬、大阪市内のパチンコ店に身長190センチはあろうかという男が入ってきた。男はおもむろに店内を物色。遊技客を装うためか、左手には「見せ金」の千円札2枚を握りしめ、上着を小脇に抱えている。パチンコ台に座るやいなや、右隣の男性客に自身の右半身をぶつけた。その刹那、男性客のジャケットからスマートフォン1台が引き抜かれていた。

男は「当て幕」と呼ばれる上着で手元を隠しながら盗んだものを確認した。スマホだと分かると、椅子の下に捨てて席を立った。男性客は被害に気づかず遊技を続けていたが、店内に潜伏していた猛者の目は、スリの一部始終を逃さなかった。男性客に被害を確認し、席から離れていく男を間もなく取り押さえた。

男は住所不定の無職で60代。「生活のためにやっていた」と供述した。常習的なスリ犯で、全国を行脚して犯行を繰り返していた。捜査関係者は「常習犯は警戒心が強く、まさに刑事との真剣勝負。目の前の犯行を見逃すことのないよう細心の注意を払う必要があり、絶対に失敗できない現場だった」と振り返る。

猛者の歴史は古い。府警の事務文書には、昭和30年7月1日に府警が発足したときから捜査3課内にスリ犯係が存在する記録が残っている。40年代には、大阪市内にスリ犯が窃盗方法を伝授する「スリ学校」があったとされる。こうした熟練のスリ犯を捕まえるため、研鑽を積んだ捜査員を、畏敬の念を込めて「猛者」と呼ぶようになった。語源は懐を「もさぐる(まさぐる)」犯人を捕まえるから、といわれている。

街頭で目を凝らし、スリ犯を追う大阪府警捜査3課で「猛者」と呼ばれる捜査員ら=令和4年7月11日午後、大阪市北区(小松大騎撮影)
街頭で目を凝らし、スリ犯を追う大阪府警捜査3課で「猛者」と呼ばれる捜査員ら=令和4年7月11日午後、大阪市北区(小松大騎撮影)

昨年4月に警察庁が指定する「広域技能指導官」に選ばれた府警捜査3課の淵脇(ふちわき)信晴警部(51)は「防犯カメラ捜査が全盛の中、スリ犯の捜査では、雑踏から捜査員自身が犯人を見つけ出す高性能の『歩く防犯カメラ』になれるかが鍵だ」と話す。

淵脇警部も駆け出しのころ、「表情の深みが分からへんのか」とベテランの猛者に叱られながら、捜査のノウハウを学んだ。後進を指導する立場となった現在も、スリ犯係で外国人による集団スリを想定した訓練や、徳島県警などから捜査員を受け入れた研修に参加して腕を磨いている。

捜査手法を身に付けるには早くても3年かかるといわれる。淵脇警部は「コンマ何秒の違和感を嗅ぎ取る技術は一朝一夕では身に付かない。捜査技術を上げることでしか、国民の懐は守れない」と語気を強める。

万博見据え、被害防止を

新型コロナウイルス禍で人との距離を取る「ソーシャルディスタンス」が浸透した影響もあり、スリの認知件数は全国的に減少傾向にある。ただ今年は夏祭りやイベントが相次ぎ再開。約3年後に2025年大阪・関西万博も控えており、府警はスリ被害に警戒を強めている。

警察庁によると、全国のスリの認知件数は平成25年に5508件だったが、令和2年に1424件まで減少。ただスリは統計上の1件の背後に、顕在化しない実害3~4件の「暗数」が潜んでいるとされる。手口の巧妙さから被害者が「落とした」などと勘違いし、警察に被害届を出していないことも多い。

過去2年はコロナ対策として、スリ犯が好む「3密」になりやすい祭りやイベントが相次ぎ中止されたが、今年は大阪の夏の風物詩「天神祭」の一部行事が3年ぶりに開かれるなど、コロナ禍前の日常が戻りつつある。令和7年には国内外から2820万人の来場を見込む万博開催を控え、スリ被害防止は喫緊の課題だ。

府警捜査3課の天野清課長は「万博など大型イベントに備え、捜査員の訓練や技術伝承に力を入れ、さらなるスリの検挙につなげたい」と話している。(小松大騎)

「1日4万歩」スリ犯逃さぬ「猛者」 大阪府警捜査員に密着

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