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最後の満州開拓団 「還らざる夏-二つの村の戦争と戦後 信州阿智村・平塚」原安治(幻戯書房)

「日本一の星空」をうたう山村が長野の南端、天竜川の支流にある。長野県阿智村。今は温泉地としても知られている。昭和20年5月、新緑まぶしいこの故郷に別れを告げ、満州へ向けて出発した一団があった。「阿智郷開拓団」は最後の満州開拓団だった。

養蚕農家が圧倒的に多い長野県は世界恐慌の影響を大きく受けた。そこで国策を受け、最も多くの開拓者を満州へ送り出す。しかし終戦の直前にソ連軍が満州に侵攻し、阿智郷の開拓村でも多くの命が失われた。元NHKプロデューサーの原さんはかつて担当した番組を通じてこの悲惨な事実を知り、その背景を調べた。そこに自身が体験した戦争体験を重ねて、このノンフィクションを書き上げた。

二つの出会いがあった。後に「中国残留孤児の父」と呼ばれる阿智村・長岳寺の住職、山本慈昭さんと阿智村の写真を撮り続けた熊谷元一さんだ。熊谷さんは小学校の教師であり、後に満州開拓の村々の記録撮影に携わった。

原さんは二人の話に感銘を受けると同時に、フィリピンで戦死した父と神奈川・平塚で体験した大空襲の事実を取材で改めて浮かび上がらせる。あの戦争は終わってはいなかったのだ。原さんは「人々の生と死を通して映し出される『昭和』とはいかなる時代であったのか」と問いかけ、国家とは何かを考える。

実は阿智村は私の故郷だ。山本さんは幼稚園の園長先生で熊谷さんは小学校時代の担任教師だった。約7年前、本書が刊行されたときすぐ手にした。戦時の記録は遠い過去のように感じていたが、ロシアのウクライナ侵攻で現実の戦争に衝撃を受け、再読した。戦争から生まれるのは悲劇だけだ。本書はそれを訴えている。

千葉県船橋市 下原敏彦(75)

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