自己肯定感が最悪だった香川 おもちゃ美術館が変える流れ

松の盆栽に見立てた立体パズル。枝ぶりのバランスを見ながら葉をイメージした讃岐かがり手まりをくっつけていく
松の盆栽に見立てた立体パズル。枝ぶりのバランスを見ながら葉をイメージした讃岐かがり手まりをくっつけていく

うどんや盆栽などの香川県の特産を、讃岐かがり手まりや讃岐のり染(ぞめ)といった伝統工芸品などの玩具で遊びながら学べる「讃岐おもちゃ美術館」が夏休みの子供たちでにぎわっている。子育て支援活動に長年取り組んできた認定NPO法人理事長で館長の中橋恵美子さん(54)が「子供たちがふるさとへの誇りを持って好きになれるように」と願い、ものづくりの職人らの共感を得て開館を実現させた。

子供たちの前でけん玉を実演するおもちゃ学芸員を見守る中橋恵美子館長(中央)=高松市
子供たちの前でけん玉を実演するおもちゃ学芸員を見守る中橋恵美子館長(中央)=高松市

遊びを通じて郷土を知る

4月下旬に高松市の中心商店街エリアにオープンした讃岐おもちゃ美術館。入り口では郷土玩具の「張り子の虎」が並んだ組手(くで)ゲート、庵治石(あじいし)の敷石や讃岐装飾瓦を用いた空間が出迎える。

館内では、「さぬきごっこひろば」のセルフうどん店で子供たちが店員と客に分かれ、遊んでいた。木でできた天ぷらを客が選び、店員が細く切った布の麺をゆがいて器に盛る。薄くて丸い布を使って麺をのばす作業も体験できる。

「てまりドーム」内の中央には大きな松の盆栽に見立てた立体パズルが置かれる。松葉のかたまりをイメージした「かがり手まり」を枝にくっつけていく。

「こども札所8カ所巡り」として小さな札所が設けられ、スタンプラリーのように四国遍路という文化に触れられる。県の名物や文化などを遊びに落とし込んでいるのが特徴だ。

もう一つの特徴は県内の伝統工芸職人らが関わっていることだ。木桶(きおけ)茶室「桶庵(オッケーあん)」は小豆島のしょうゆ醸造会社を中心とした「木桶職人復活プロジェクト」が、セルフうどん店ののれんは讃岐のり染の大川原染色本舗(高松市)が製作した。

テーブルやいすをはじめ県内外の職人が美術館のために作ったものであふれている。中橋さんは「依頼した職人は子供のおもちゃだからこそ、本物でなければと本気になって取り組んでいただいた」と感謝する。

セルフうどん店ごっこも本格的。布でできためんを釜でゆでて器に盛る。奥には木でできた天ぷらが並ぶ
セルフうどん店ごっこも本格的。布でできためんを釜でゆでて器に盛る。奥には木でできた天ぷらが並ぶ

職人技と心意気

中橋さんは香川県坂出市出身。夫の仕事の関係で茨城県で専業主婦として子育てをした。慣れない土地で子育てに必要な情報の入手に苦労した経験から、香川に戻ったのち、平成10年に坂出市で子育て支援サークル「わははネット」を立ち上げ、現在は県内4カ所に拠点がある。主な活動の子育て情報誌発行は今春、創刊100号に達した。地域子育て支援拠点として子育てひろばを運営している。

平成29年の全国学力テストの生活習慣全般におけるアンケートで、県内の小、中学生とも自己肯定感が全国ワーストという結果が出て、大きな衝撃を受けた。

「自然や歴史、伝統工芸などいいものに囲まれて育つと、ふるさとがすごいところだと思え、自己肯定感が高まるのでは」と考えた。

高松市内の子育てひろばを商店街の通り沿いに移転する計画の構想づくりで友人の東京おもちゃ美術館館長に相談していたところ、別の再開発計画の立体駐車場の施設内におもちゃ美術館を開設する話へと発展した。

「香川のいいものを取りそろえたい」と、これまでの活動で培った人脈を生かし、さまざまな職人さんから協力を得られた。

「実際の製作現場にも多く立ち会い、香川にこれだけ数多くの素晴らしい伝統工芸があるのを知った。この場所で、職人がこめる思いの深さや香川の素晴らしさを子供たちに伝えたい」との思いが強くなった。

障子などに使われる伝統技法「組手(くで)」を用いたゲートに張り子の虎が並ぶ讃岐おもちゃ美術館のエントランス
障子などに使われる伝統技法「組手(くで)」を用いたゲートに張り子の虎が並ぶ讃岐おもちゃ美術館のエントランス

全員が子育てに関わる

「子供がいる・いないに関係なく子供に関われる機会を作りたい」との思いから、「子育て支援拠点」「讃岐の伝統を伝える施設」「誰もが楽しめる多世代交流施設」をおもちゃ美術館の役割として掲げる。運営は、わははネットとデザイン会社「tao.」が行っている。

姉妹館の東京おもちゃ美術館キュレーターでミュージアム・プロデューサーの砂田光紀さんが総合監修した。「民具や歴史に造詣が深い砂田さんが、県民のアートへの目が肥えているし、伝統工芸のポテンシャルがすごいと認めていた」ことで自信を深めた。

館内には「おもちゃ学芸員」が常時数人配置されている。2日間の養成講座を受けて活動するボランティアで108人が在籍する。「おもちゃと子供が好きで、子供との接し方にたけた方々」と、中橋さんが頼りにする存在だ。

中橋さんには、3、4世代で一緒に来館し、おじいちゃんが孫と一緒に遊び、こまやけん玉など昔やった遊びに触れて小さい頃の気持ちがよみがえり元気になる姿が印象的だという。

「働きながら子育てをする社会に変わり、子育て支援メニューは増えたが、相変わらず負担は大きい。結婚をしない、子供を産まないという選択も増えている」と指摘。そのうえで「全ての人が子育てに関心を持って関わる地域社会に、全ての子供が生まれてよかったと思う社会にしたい」と願い、前進を続ける。(和田基宏)

新型コロナウイルス感染症予防対策として、午前と午後の入れ替え・事前予約制。入館料は中学生以上900円など。平日限定の半年パスポートあり。原則毎週木曜休館。ミュージアムショップ、カフェ併設。

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