大谷偉業で注目 「野球の神様」ベーブ・ルースってどんな人 本格二刀流は実質2年

静岡・草薙球場に設置されているベーブ・ルース像。同球場ではルースらと沢村栄治が対戦した=静岡市
静岡・草薙球場に設置されているベーブ・ルース像。同球場ではルースらと沢村栄治が対戦した=静岡市

ベーブ・ルース(1895~1948年)以来104年ぶりとなる「2桁勝利、2桁本塁打」を達成したエンゼルスの大谷翔平(28)は、日本球界時代からルース本人とたびたび比較されてきた。2017年12月のエンゼルス入団会見で「野球をやっている以上、少しずつ近付いていきたい」と言及した「野球の神様」は、どんな人物だったのか。

ルースは1895年、米ボルティモアで生まれた。本名はジョージ・ハーマン・ルース。誰もが知る「ベーブ(赤ん坊)」の呼び名は、特徴である童顔から名づけられたという。

不良少年だったルースは8歳で初めて野球に触れ、投手としてキャリアをスタートさせた。1914年にレッドソックスでメジャーデビュー。ただ主に二刀流として実績を残したのは18年と19年の2年間。20年のヤンキース移籍以降は、基本的に野手としてプレーしている。

語り草となっているのは32年のワールドシリーズだ。本塁打の飛ぶ方向を指し示した後、予告どおりホームランを放ち、観客の度肝を抜いた。

日本との縁もある。34年に日米野球のため来日。全米チームは力の差を見せつけたものの、当時17歳だった沢村栄治(1917~44年)がルースらから三振を奪い、印象を残した。この日米野球がきっかけとなり、日本にもプロ野球が誕生した。

35年に引退。生涯で714本の本塁打と投手で94勝を挙げたルースは、48年8月16日に亡くなった。遺体はニューヨークのヤンキースタジアムに運ばれ、多くのファンが早すぎる別れを惜しんだ。53歳だった。

投打の分業制が確立した中、ルース以来の本格的な二刀流で日米を沸かす大谷。昨年11月の記者会見でルースについて問われ、「残した数字だけではない方だと思うので、そこが一番すごい」。その上で「いつまでも覚えてもらえる選手というのはなかなかいない。選手として目指すべきものの一つだと思う」と語っていた。

大谷が104年ぶりに「2桁勝利、2桁本塁打」 ベーブ・ルース以来

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