年間329日勤務…奈良時代の女官は激務? 木簡出土 平城宮跡

女官の勤務日数などを記した平城宮跡出土の木簡(赤外線写真、奈良文化財研究所提供)
女官の勤務日数などを記した平城宮跡出土の木簡(赤外線写真、奈良文化財研究所提供)

奈良時代に天皇に仕えた女官が年間329日勤務したことを記した木簡が、平城宮跡(奈良市)から出土したことが分かり、奈良文化財研究所が今年の紀要で報告した。男性の役人の勤務日数を記録した木簡は多く確認されているが、女性は初めて。同研究所は「当時の女官の活躍を知る貴重な資料だ」としている。

見つかった木簡は長さ16・5センチ、幅2・5センチ。平城宮の役所跡に当たる東方官衙(かんが)地区の排水路から令和2年10月~3年2月に出土した6千点を超える木簡群に含まれていた。

木簡には「牟須売(むすめ)」という女性名と数え年を示す「年五十九(としごじゅうく)」、平城京東側の左京を指す「左」という本籍地のほか、「日参佰弐拾玖(にちさんびゃくにじゅうく)」と1年間に329日勤務したことが記されていた。役人の1年間の勤務日数を記録した考課(こうか)木簡と考えられ、上部は残っていないが、位や評価が書かれていたとみられる。

同研究所は「年齢や勤務日数の多さから、女性はベテランの女官だった」と推定。当時、平城宮には約8500人の男性の役人が勤務していたほか、300人近くの女官が平城宮の内裏(だいり)に住む天皇に仕え、身の回りの世話などを担っていたという。

同研究所によると、役人がよい勤務評価を受けるには年間240日以上勤務する必要があった。だが、300日を超える勤務日数が記された木簡が出土したケースは少ないという。今回同時に出土した男性の役人の木簡も284日で、女官の激務ぶりが浮き彫りとなった。

奈良大の渡辺晃宏教授(古代史)は「女官も男性の役人と同じように勤務評価されていたと裏づけられた。女官の勤務実態などはよく分かっておらず、解明の手がかりとなる」としている。

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