浅井長政の新書状発見 寺に安全約束、信長に対抗

浅井長政像(長浜城歴史博物館蔵)
浅井長政像(長浜城歴史博物館蔵)

戦国時代に北近江(滋賀県長浜市、同米原市)を治めた浅井長政と越前の朝倉義景が、比叡山周辺(大津市)で織田信長と戦った元亀元(1570)年の「志賀の陣」の最中に、長政が領国に近い大浦黒山寺(長浜市西浅井町)の課税免除と安全確保を約束した文書が見つかり、長浜城歴史博物館が8日に発表した。同館は「琵琶湖東側の湖東ルートを押さえる信長に対し、長政が湖西ルートを確保しようとした狙いが読み取れる」としている。

 比叡山周辺で織田信長と対陣していた浅井長政が、大浦黒山寺に宛てた税の免除と安全確保を約束した新発見書状(覚伝寺蔵)
比叡山周辺で織田信長と対陣していた浅井長政が、大浦黒山寺に宛てた税の免除と安全確保を約束した新発見書状(覚伝寺蔵)

書状は、同館で開催されている長政の450回忌特別展に向けた調査の過程で、大浦黒山寺が前身の覚伝寺で確認された。淡海歴史文化研究所の太田浩司所長が、花押などから長政が出した文書と特定した。「黒山寺」充てで元亀元年11月27日の日付も明記。税免除のほか、安全を脅かす「兎角族(とかくのやから)」があれば「注進」せよと記している。

当時、浅井・朝倉軍は比叡山周辺に着陣していた。直前まで本願寺の顕如と摂津(大阪府)で戦っていた信長も、このときは比叡山麓の坂本に戻っており、京に迫る勢いの浅井・朝倉軍と対陣していたとされる。

長政は当時、急拡大する信長の勢いを止める包囲ネットワークの筆頭格で、太田氏は「西浅井町域は浅井氏がゆるやかに支配していたが、信長を挟撃した元亀争乱に至って初めて、当主が直接統治に乗り出したと見ることもできる」と指摘。戦国時代の緊張感を伝える一次史料として貴重だという。

新たに発見された書状は9月5日まで開催中の同展で見ることができる。

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