新聞に喝!

日中国交成立 報道利権獲得に走った朝日 元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦

朝日新聞東京本社
朝日新聞東京本社

朝日新聞の峯村健司編集委員は、中国報道でボーン上田賞を受けるなど著名記者であった。だが、同紙4月7日付記事によると、週刊ダイヤモンドの安倍晋三元首相のインタビュー記事について、公表前の誌面を見せるように要求し、報道倫理に反するとして懲戒処分を受けた。

その後退社した峯村氏には、『潜入中国』(朝日新書)という著書があり、特派員時代に中国取材で危ない橋を渡ったとあるが、何人もの日本人がスパイ容疑でとらわれているのに、峯村氏が無事だったのはまことに不思議だった。

ところでこの本のあとがきに、「2018年6月に米ワシントンから帰国して、日本で大手メディアに対する国民の目が大きく変わっていることに気づいた。ネット上には、マスコミに対する不信感や憎悪の言葉があふれている」とある。

次いで「特に朝日新聞の中国報道について、『親中的』だという批判は根強い。1960年代の文化革命期に、中国当局は『反中報道』と批判し、各国の特派員を次々と国外追放にした。朝日新聞は当時の社長が『歴史の目撃者になるべきだ』として、追放されるような記事を書かないよう北京特派員に指示。当局に都合の悪いことは書かず、北京に残り続けた」「おそらくこの時の社の対応が尾を引いているのだろう。私個人は、この判断は間違っていたと考える」と、述べている。

この当時の広岡知男社長による、「歴史の目撃者論」については、本欄で何回か指摘したことがある。昨年12月にも、同紙で論説主幹を長く務めた松山幸雄氏の死去に際して、言及した。

松山氏は、『新聞と「昭和」』(朝日新聞出版)の中で、歴史の目撃者論が出てきたのは、結局当時の社内の「空気」によって支配されたからであると、「空気」というあいまいな言葉を使って、歴史の根本的背景を誤魔化(ごまか)している。

この広岡社長の方針は、日中国交成立以前のことで、目的は国交成立を後押しするためであり、報道利権を獲得するためであったのは、明らかだ。50年前の7月7日、田中角栄内閣が誕生して、一挙に日中国交成立につき進み、驚くべき拙速外交によって、9月29日には、国交が成立する。朝日新聞は、自己の利権のために国を売った。日本の報道史上、最大の報道犯罪であり、その後の日本没落の50年の、A級戦犯である。

【プロフィル】酒井信彦

さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で、『大日本史料』の編纂に従事。

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