朝晴れエッセー

雲の墓標・8月7日

大きな悲しみや苦しみがあったとき、私は1冊の本を持って広島に旅行する。行き先は原爆資料館であったり、大和ミュージアムであったり、旧海軍兵学校の江田島であったりする。そういうと、皆に白い目で「軍国主義者ですか。右翼ですか」と言われる。が、そうでないと思っている。

戦争当時に自分がタイムスリップし、戦争を、戦後復興を疑似体験している自分がいる。普通の夏の日がいきなり原子爆弾により急変したり、身内が原爆症で苦しんだり、亡くなったり、特攻隊員での父母との別れなど、想像を絶するような悲しみ、苦しみが存在している。そのような精神状態を疑似体験すれば、いま落ち込んでいる原因なんて、ちっぽけに思えてくる。さらに戦後の復興への道のり、頑張りは、中途半端な頑張りではない。落ち込んでいる暇があれば、「頑張れ」と鼓舞される。

アミューズメントパークでは日常から解放された喜び、楽しみは経験できるが、何もない日常が急変して苦しみや悲しみで覆われる世界を経験する場がない。私にとってその場が原爆資料館、大和ミュージアム、江田島なのだ。

それらの場での疑似体験は苦しみが大きいが、それにより、現在抱えている問題は藻くずと消えてしまっている。持参する本は「きけ わだつみのこえ」であったり、吉田満の「戦艦大和ノ最期」であったり、阿川弘之の「雲の墓標」であったりする。

戦争の苦しみ、悲しみを乗り越え、戦後の日本を作ったのは先達の頑張りである。将来その日本を風化させないためにも、落ち込んでいる暇はない。


片木威(65) 大阪府泉南市

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